うさぎどんのお耳が伸びて
  トンビがくるりと輪をかいた
  井戸からヘビさんこんにちは
  もときた道へ帰りましょ
  おさんどんはぎゅと締める


 フィアが節をつけて歌いながら手を動かしてロープの先に輪を作ってみせた。うさぎどぉん、などと楽しそうに歌うのでつられて笑ってしまう。
「むっかー、それってわらべ歌じゃないの?」ルメイも開き直ったように笑っている。
「そうよ。結び方を知らないんだもの、仕方ないじゃない」
 フィアは胸の前で腕を組んで身をそらし、ルメイを見返している。これはパーティーの危機じゃあるまいか。俺はてきぱきと結び目を作ってみせた。
「ほら、この通り! 俺がルメイの分までやるさ」
「ちょっと、それやり直し!」
 フィアが物言いたげに俺の顔を見つめたのをきっかけに、俺たち三人は互いの顔色をうかがいあった。しばし間があいたあと、フィアがふっと緊張を解いて口を開く。
「これは片付けて、お茶を飲みましょうか」
 開いた窓から欅の葉がこすれるさわさわという音が聞こえてくる。午後の日も傾いて、ちょうどそんな時間だ。俺はうんうんと頷いた。 


 暖炉のそばに薪台と鉄三脚があり、フィアがお湯を沸かして紅茶を淹れてくれた。ティーポットのお茶をカップに分けあって飲みながら、フィアが努めて機嫌の良さそうな声で話した。
「罠の網は時間を見つけて私が編んでおくわ」
 フィアは革鎧を脱いで、擦過傷を防ぐために鎧の下に着るキルティングの亜麻服姿となっている。革鎧を身に着けていた時と比べてまた一回り細く、華奢に見える。後ろにきつくまとめていた髪もほどいていて、ほぼ真っ直ぐな金髪を肩甲骨の辺りまで伸ばしているのが判る。縛っていたところの髪を広げるのに頭を傾けて手でさっと髪を梳いたとき、俺のパーティーに女が加わったのだな、と思った。柔らかそうな、目になじむ薄茶色の亜麻の服を着て、湯気のたつカップを掌で包んでいるフィアは寛いで見える。









「不器用で済まんね」
 詫びを入れたルメイも革鎧を脱いでいるが、コボルトから取った品なので手入れもされずに部屋の隅に置かれたままだ。俺の革鎧もその隣にある。遠目には透明な誰かが二人、革鎧を着て部屋の隅に座っているように見える。俺もルメイも革で擦れないように綿のキルト服を着ているが、あちこち継いであって不恰好である。これは男と女の差なのか、或いは冒険者としての質の問題なのか、フィアは持ち物を大切にしているようだ。フィアが革鎧を脱いでから、よく擦れ合う肩や脇の部分を油脂の染みた布で拭うのを俺たちは呆然と眺めた。革鎧は手入れをするものと初めて気づいたかのような馬鹿面を並べてしまった。


 そう思ってよく見れば、綺麗にたたまれたフィアの革鎧は艶やかな色をしているが、俺たちの革鎧はあちこち擦り切れて亀裂が入っている。そういう場所から革鎧は破損するものだ。もしフィアが時間をかけて革鎧をつやつやに磨くならこちらにも言い分はある。鎧は見せ物ではないのだから、光沢など必要ない。しかし使い終わった後にほんのひと拭きするくらいのことは、やろうと思えばいつでも出来る。そして、亀裂の入ったところを狙われる確率は皆無ではない。人間はやろうと思えば出来ることをやらずに滅びる生き物なのだ。


「そうだ、わたしの売り物をみてくれる?」
 フィアが背嚢から麻袋を取り出した。麻袋の中にはさらに小さな袋に入った小物が仕舞ってあり、フィアはそれを大事そうに取り出してひとつひとつテーブルの上に並べて見せた。まずは細い腕を伸ばして三つの品を一列に並べる。
「おそらくちゃんとした値がつくのはこの三つくらいね」
 俺は装飾品には詳しくないが、それらがブローチであることは判る。その列より手前に、四つの指輪が一列に置かれる。
「あとはこの指輪に値がつくかどうか」
 最初に丁寧に置かれたそれらの品の手前に、石やコインの類がざっと並べて置かれた。
「あとの残りはまあ、おもちゃみたいな物ね」
 おもちゃでも可愛いらしく、フィアはそのうちの幾つかを指でつついてみせる。


「いろんな手段で手に入れたんだけど、どのみち嵩張る物は持ちきれないから、小さな品物だけ保管していたの。ルメイに鑑定をお願いしてもいい?」
 フィアは口の端をくるんと丸めてルメイを見た。俺にはフィアの宝物の真贋は判らないが、もし価値のない品々だったとしても、ルメイならフィアを傷つけないようにうまく話してくれるだろう。フィアが立ち上がってひとつ横の椅子にずれて座ると、ルメイが「それじゃ見せてもらうよ」と言ってフィアが座っていた席に腰を下ろした。







 ルメイはそれぞれの品を手に取って注意深く品定めし始めた。継ぎのあたった綿のキルト服を着た図体の大きなルメイが、分厚い手のひらに小物を乗せて目を近寄せているのは、なんとなく絵画の一部のように見える。題は「鑑定をする細工師」といったところか。窓からの光も、それを覗き込んでいるフィアも、絵になるような気がする。ルメイがそれぞれの品の置き場所を入れ替え始めると、フィアは両手を腿にはさんで顔を突出し、そわそわした様子でそれぞれの行先を確かめた。


 ルメイはブローチのうちの一つを一番上に置き換えて説明を始めた。
「これが群を抜いてる。貝のカメオでモチーフは豊穣の女神、頬から首の平坦なところを見れば丁寧に磨いてあるのが判る。流れる髪もローブの襟ぐりも綺麗に彫ってあって、何より表情が生き生きしてる。台座とフレームは金の細工物。これは五番街の夜市に並べるような品じゃないよ」
「やっぱりルメイは詳しいのね。それは売る積りのない品なの」
 フィアが静かに答えた。
「俺を試したな」ルメイが満更でもなさそうに笑う。
「このブローチはドラグーン時代に作られた首飾りが元になってるんだよ。チェーンを外してブローチピンに付け替えたのだね。勇力の首飾りといって、身に着けている人に危機が訪れた時、九死に一生を得る魔法が込められてるって話だ。いったいこれをどこで手に入れたんだい?」
「ずっと昔にお父さんから貰ったの」
 フィアは何かを懐かしむような顔をしている。
「そうか。フィアはお父さんに守られてるんだね」
 ルメイはそのブローチをそっとフィアの前に移して付け加えた。
「老婆心ながら申し上げるが、それは人に見せたらダメだよ。仕舞ってる時も、柔らかい布で包んで、小さな木箱のような硬い物に入れておくんだよ」
「うん。ありがとう」
 フィアはカメオのブローチをそっと手のひらに包んだ。フィアのお父さんの話も、どれくらいの値段なのかも、蒸し返す雰囲気ではない。


「お次はこのブローチと指輪かな。これは値をつけていいんだろうね?」
 ルメイが手で品を示しながらおどけ気味に尋ねると、フィアがどうぞと言って舌をぺろっと出した。
「さっきのは特別として、それ以外では、このカメオは上物だね。作りがしっかりしてるし、彫りも繊細だ。資料が無いからすぐには判らないけど、ピン受けに刻印が付いてるから、いずれ名のある工房の品だね。銀二枚か三枚ってところ。それからこの銀の指輪」
「ちょっと待って!」
 フィアが慌てて背嚢の小物ポケットから紙束と羽根ペンを取り出した。出しながら、そのブローチは農園の依頼をこなした時に余禄で頂いた品よ、そんなに高価な品ならもっとちゃんとお礼をしておけば良かったわ、と鳥が囀るように早口で由来を話している。


 ルメイは次の品に取り掛かっている。
「この幅広の銀のリングは、徴税官が身に着ける品だよ。落ちぶれて売ったか、山賊に襲われて取られたか、だね。ちょっと摩耗してるけど、まだ刻印されてる文字が読める。王の名のもとに神聖なる徴税の義務を果たさんとする者うんぬん……、芸術的な価値はないけど、銀の含有率が高いから安物ではない。これも銀貨二枚か三枚といったところだね」
 フィアは黙ってメモを取っている。
「この指輪はどんな経緯で?」
 ルメイが曰くありげな顔をしてフィアを覗き込んだ。
「わたしが追いはぎをするように見えますか? 冒険者は様々な場面でお宝を手に入れますが、鑑定人の仕事はその由来を吟味することではなく、価値を推し量ることだと思うのよ」
 フィアは眉を吊り上げて窓の外を見ながら答え、最後にちらっとだけルメイを見た。ルメイとの問答を楽しんでいるようで、メモに顔を伏せている今、半ば閉ざされた瞼の下で青灰色の瞳が愉快の色に光っている。フィアも野育ちではなく、それなりの教育を受けているのだなと思う。ルメイは次の品を手のひらに乗せて見ながら、鑑定料をもらわないとなあ、と呟いている。


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