のっけからグリムの手札に三枚揃いが来た。
 グリムは動揺した様子もない。俺も眉ひとつ動かすわけにいかない。一方、最初に賭けを張るネバは高らかに宣言した。
「しょっぱなは頂いた。まずは一枚」
 ネバが銀貨を一枚場に出す。視線は自然と紫のドレスの女に集まるが、いつまでも手札を見ている。自分の順番に気付いていないようだ。いつも荒野にいて、帰ってくるのがスラムときた俺には着飾った若い女は目の保養になる。しかし限度というものがあって、ゴメリーが女に催促をした。
「お嬢さん、勝負を続けるかね、それとも降りるかね?」
 お嬢さんと呼ばれた女ははっとして目を上げた。
「わたし? 勝負を続けたいわ」
「それなら、場に一枚出すんだ」
 紫のドレスの女は言うなりに銀貨を場に一枚出した。


 次いで、グリムが一瞬迷ってから銀貨を一枚出した。こんな手が来ていて降りる筈がない。派手なところのない、自然な演出だ。ネバがそれを見てふんと鼻をならす。ゴメリーがゲームの流れを女にも判るように説明した。
「ネバから時計まわりに、いらないカードを伏せて捨てる」
 ネバが一枚のカードを捨てた。ゴメリーが手首をひねっただけでネバの手元に札が一枚飛んでくる。ネバはカードを手札に加えて、軽く顔を上げた。紫のドレスの女は首を傾げながら三枚のカードを捨てた。ゴメリーが三枚配る。女が口元を一瞬ゆがめてすぐ元に戻した。仮面の奥の瞳がグリムとネバをちらちらと見ている。役の出来たところを確保して三枚替えて、進展がなかったのかもしれない。


 グリムは三枚揃い以外の札のうち低い方を一枚捨てた。初回から信じられないことだが、グリムはさらにもう一つ二枚揃いを作った。負けそうにない手だ。
「三枚上乗せするぜ」
 ネバが銀貨を三枚、ぴしゃりと場に置いた。またしても女のところで進行が止まってしまう。
「勝負を続けるかね? それとも降りるかね?」
 ゴメリーが催促すると、女は慌てて銀貨を三枚出した。
「それでは、六枚上乗せしよう」と言ってグリムがテーブルの上に指を立てて置いた。その手がどくと、銀貨の塔ができている。俺がそれだけの金を手に入れるには、重い装備を引きずり回して半月は狩場を歩き回らねばならない。
 ネバは気忙しそうにグリムを見るが、いまさら降りるわけにもいかず受けて立った。ゴメリーが仮面の女を見ると、女は不承不承という感じで銀貨を六枚、場に出した。この女はちゃんと判って賭けているのだろうか。


 ゴメリーが場に供された銀貨を中央に寄せた。俺の何ヶ月分かの稼ぎが無造作に積まれている。こんな金が右から左に動くのだから堪らない。
「出そろったので手を披露して」とゴメリー。
 ネバがさらっと流してカードを置く。王の札の三枚揃いだ。なるほど自信たっぷりだった訳だ。ネバは両手を組んで頭の後ろにあてると、ソファにふんぞりかえって組んだ足のつま先をぶらぶらさせた。女がおそるおそる手札を置くが、何もない。どうして降りないのか。ゴメリーが暫く女の手札を見ている。強引に誘った手前、文句のつけようはあるまいが、気にはしている様子だ。グリムが手札を見せると、勝ち誇っていたネバが食い入るようにグリムの手を見た。


「なんだよおい、かつがれたぜ!」
 顔を伏せてグリムの手札を見ていたネバが、仮面をつけた顔をそのままゴメリーの方へ向けた。
「今のはいかさま?」
 ネバはまともにゴメリーを指差し、このシチューに入っているのは人参? と聞くような何気ない感じで質問した。
「口を慎め。グリム殿の満員御礼が上手」
 ゴメリーが銀貨の山を全てグリムの前に押し出した。ついでにネバに向けられている指を払った。グリムはコインを手元に寄せてご満悦だ。ネバはかーっと喉を鳴らしてからグラスを煽った。
「ときにお嬢さん、勝てないと思ったらいつでも降りていいのだよ」ゴメリーが太い指で軽々とカードをシャッフルしながら何気なく言う。たった一回の勝負でカモであることがばれてしまった女は、口を一文字にしている。


 紫のドレスの女は降り続けた。おそらく勘所が判らないのだろうが、延々と場代だけ取られている。ネバは他人の金で気軽に遊んでいる気分らしく、手八丁口八丁のでまかせばかり、およそ真面目にやる積りがない。グリムは神妙に遊んでいるが、実はとらえどころがない。やがて男二人のやり取りを見ているうち、同じ札が二枚揃っているだけでも勝負になることが女にも判ってきたようだ。女が受けて立つようになったが、やり慣れた相手にかなう筈もなく、大きく上乗せした挙句にごっそり取られるのが何度か続いた。


 どうやらいかさまの匂いはしない。自然な運びだ。この席はグリムことカリーム商会の会長を遊ばせるために特別に設えた場なのかもしれない。俺はなるべく顔を動かさずによその席を覗いてみた。向こう正面の席ではめくりをやっている。あれを始めたらあっという間に大金が動く。その場にいる全員がカードをめくって一番強いのを引いた奴が場代を総取りする。勝負が手っ取り早いからひと試合が短い一方、財布のつながってるグルがいれば、長いこと遊んでいるうちにそいつらに全て持っていかれてしまう。


 俺がまだ田舎から出てきたばかりの新兵だった頃は、王都アイトックスの寄宿舎で厳しい調練を受けた。朝から晩までしごかれて、遊ぶ暇もなかった。剣術の試験で合格して近衛隊に編入されてから、やっと一人前の扱いをされるようになった。行事に並ぶときは澄ました顔をして儀仗兵の役を務めたが、宿舎に戻ればそこはむさ苦しい若い衆の巣である。非番の日は酒と女と賭け事の話で持ちきりであった。俺は師範に目をかけられてなかなか遊ぶ時間が作れなかったが、それでもたまには酒を飲み、裏町の賭場に顔を出したものだ。


 その頃、遊び慣れた先輩が近くにいたことは俺にとって有益なことであった。賭場からすってんてんになって帰ってくる俺に、先輩は色々なことを教えてくれた。そのうちの幾つかは今でも覚えている。その道で食っている胴元たちには逆立ちしても勝てないこと。だとすれば暇つぶしに出せると思う以上の金を突っ込んではいけないこと。うまい奴のやり口をよく見て真似をすること。金の貸し借りをしないこと。賭場で深酒をしないこと。それでもあの頃の俺は判ってなくて、負け続けて真赤な顔をしているところを背中をどやされ、おい帰るぞと無理にも連れて帰らされたものだ。


 こんな高額な場で、しかも三人で回していたら、慣れない奴はすぐに金が尽きてしまう。案の定、ネバが大勝ちしているうちに紫のドレスの女の見せ金が無くなってしまった。グリムの金は多少増えている位だろう。
「いま夜食が出来たので運ばせます。しばし休憩を」
 ゴメリーがそう宣言してカードの束を手元に置いた。ゲームを続けるには女に金を渡さねばならない。しかし今ここで手渡すのもあからさまなので、いったんお開きにしたのだろう。ネバが勢いよく立ち上がり、厠へ行ってくる、と声をかけて退席した。俺もグリムに休憩すると言って席を立った。グリムは葡萄酒のグラスを傾けながら酔ったふりをしている。ネバと名乗ったあの男と鉢合わせしたくないので、小部屋の脇のドアは通らず、いったん大広間に出た。


 大広間では相変わらず大勢が博打に興じている。酒を飲み過ぎた奴が目の前で椅子からずり落ちた。ぼろぼろの革鎧の胸元にこぼした酒が染みを作っている。大事な狩りの実入りを悪党どもにかすめ取られているのも気づかずに呑気な奴らだ。部屋を見回すと、から騒ぎをしている冒険者たちを壁際に立つ黒頭巾たちが素面のまま見守っている。この馬鹿どもめ、と怒鳴りたくなるが、やめておく。壁際をぐるっとまわって勝手口らしいドアから外に出ようとすると、黒頭巾に声をかけられた。
「おい、どこへ行く。その剣は入口に置いてこい」
「親分と遊んでるカリームさんの連れだ。ちょっと厠へ行くだけだよ」
「厠は向こうだぞ」と黒頭巾が入口の方を指差す。
「並んでる。待ってられん」
 黒頭巾は、すぐ戻れよ、と言って持ち場に戻った。ドアを開けるとすぐに建物の外に出れた。目の前まで林が迫っていて松明が一つかかっているきりなので、少し離れただけでもう暗い。暗がりに目が慣れるのを待ってから木々の中へ分け入った。涼しい夜気が顔を撫でていく。


 崖に出たようで、視界が開けた。
 空には明るい月が出ているが、流れゆく厚い雲が月光を受けて不気味に光っている。ときおり月が隠れて闇が深くなる。足元を斜めに見下ろせば街の灯が鍵の形にひろがっている。明るい二番街がほぼ丸い光点の集まりに見え、そこから篝火に照らされた並木道が一直線に港の方まで続いている。目をこらすとニルダの火が吊るされている辺りがぼんやりと赤みがかっている。ここからだとイルファーロの夜景が手に取るように見下ろせる。


 暗い林の中に、小用を足す音だけが響いている。
 もしも荒事になった時、入ってきた細い廊下以外の出口がひとつあるのが判った。こういう古い寺院は左右が対称に造られていることが多い。おそらく反対側のドアも外につながっているのだろう。何事もないのを祈るが、用心に越したことはない。ネバを名乗った男のゴメリーに対する態度をみると、どうやら黒頭巾ではないようだ。それにしては手になじむような柄のレイピアを装備していた。指を守るヒルトが籠のような形をしていて、なかなか小手を突けない作りになっていた。もしあの男と戦うとしたら──
 自分の見ているものに気付いた時、全身が総毛立った。月が厚い雲に遮られて完全な闇が訪れた瞬間、かぼそいニルダの火が照らすものの全景が姿を現した。


→つづき

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