このままだとトーリンがやられる。短刀で戦える相手ではない。追い詰められないうちにオロンゾの注意を引かなければ。
「オロンゾは俺がやる。他のを頼む」
 大声で怒鳴ると、オロンゾが顔を歪めて振り向いた。目を細めてじっと俺を見ている。カマキリのような奴だ。
「さっきいなかったな」
 壺の底から響いてくるような耳障りな声だ。オロンゾがこちらに向かって来る。間合いの詰めかたが速い。反射的に丸盾を背中にまわしてバスタードソードを両手で握った。盾で防いでいたら一方的に押される気がする。しっかり柄を握った右の拳を体に寄せ、研ぎだしていない刃元のリカッソを左手で握る。


「連れを可愛がってもらったようだな」
 オロンゾが長い腕で打ち込んでくる。決して振り抜かず、手首を返しながら切れ目なく剣を繰り出してくる。オロンゾの攻撃を剣先で逸らしながら小手を狙うが、手首を捻るので狙いづらい。信じられないような角度からも剣が飛んできて、まるで複数を相手にしているかのようだ。
 だが戦えない相手ではない。
 こちらはオロンゾの剣を全て受けながら、いつでも突きを打てる体勢にある。何度か小手を打ち返したが、頑丈なガントレットを装備しているので有効打にはなっていない。懐が深いのでこちらの小手が狙われそうで、粘っこい剣戟を躱しながら反撃のタイミングを掴めずにいる。


 オロンゾが攻撃の手を止めた。
 こちらが仕掛ければすぐにも打ち返せる位置に剣を構えたまま、じっとしている。あまり見かけない分厚い盾を水平に起こして、その向きをしきりに調整している。様子がおかしい。
 クロスボウの仕掛け盾だ。
 慌てて丸盾を戻そうとするが、左肩に激痛が走って言う事をきかない。打撲したのにきちんと治さないからつけが回ったようだ。盾が十分に上がらないので膝を折り、盾の背後に上半身を納めようとする。体勢を崩しながら身を屈めた時、シュッと音がしてこめかみの髪の中を矢が通り過ぎた。


 畜生。目を狙いやがった。
 盾に隠れるほどの小さなクロスボウだが、狙いが正確で手慣れている。完全に不意をつかれたが、山賊に卑怯と言っても仕方ない。
 すぐに盾を下げて相手の出方を窺った瞬間、身の毛がよだった。オロンゾは目の前にいて、俺に覆いかぶさっている。つと見上げると、手が届きそうなところに歯を食いしばっているオロンゾの顔がある。体を傾けて大きく剣筋を湾曲させ、丸盾越しに俺の首の付根に剣を振り下ろそうとしている。その剣先をバスタードソードでなんとか振り払う。しかし俺は後ろに倒れるのをなんとか堪えているだけの姿勢になっている。
 丸盾の真ん中を蹴られ、支えきれずに仰向けに倒れた。


 倒れながら盾の下に伸び出た足先を引っ込めた。ブーツの爪先をオロンゾの剣が横様に掠める。奴の剣が地面を引っ掻く音が響いた。足を縮めたまま右肘で体を支え、丸盾を持った左手を大きく前に突きだした。なんとか起き上がろうとしている間に、オロンゾは盾のない右側に回り込み、体重を乗せて剣を振り下ろしてくる。立ち上がるのは間に合わない。中腰のままバスタードソードを振り上げる。
 ガツンという音がして剣がオロンゾのガントレットを直撃した。オロンゾは半歩さがり、影の差す顔に苦悶の色を浮かべた。俺はその隙に立ち上がって剣と盾を構え直した。
 体中の血がかっと燃えあがる。
 俺は今死にかけた。山賊どもを全員殺してくると豪語して、あえなくここで死ぬところだった。肩を痛めていようが、卑怯なことをされようが関係ない。そばに転がっている剣士の死体が言い訳をするか。死んだ奴はあくまで死んだのだ。つけあがるのも大概にした方がいい。


 自分を抑えることが出来なくなった。
 殺すのは自分の方と思い込んでいるこいつに思い知らせてやる。オロンゾが小手を強打されて怯んでいる隙に、ぐっと腰を沈めた。前髪が波打つようにしなって汗を飛ばす。丸盾を掲げて屋根を作り、地面を蹴ってオロンゾに飛び掛かる。これ以上ないくらい素早く動いている筈なのに、まるで水の中を歩いているようにもどかしい。目は一点を見ている。さっきからお前の胸当ての凹みが気になっていた。金属鎧の曲面を突けば切先はどうしても滑ってしまう。でも手入れを怠ったその小さな凹みは、もしかしてお前の命取りにならないかな。コボルトなら体幹を貫かれても剣を振り回してくるが、お前はどうなんだ。斬れば何色の血が流れるのだ。


 委細かまわずオロンゾの胸当ての凹みを突く。
 ガンッという詰まった音がして切っ先が胸当てにめり込む。剣先から肘までが一直線の棒になった感触がある。オロンゾがヒュウ、と喉を鳴らした。抜く一瞬、切っ先が少し赤くなっているのが見えた。掠り傷だろうが、オロンゾに血を流させた。しめたと思うのもつかの間、オロンゾの剣が俺の盾を回り込んで背中に届いているのにぞっとする。さすがに撫で斬るには腕の長さが足りないらしく、ただ背中を剣身が叩いているだけだ。だが偶然に刃が立ったらかなわないので身を引く。引きながら左上にあるであろうオロンゾの右手を狙ってバスタードソードを振り上げる。オロンゾは腕を素早く引いてそれを避けた。明らかに小手を警戒している。


 互いに肩で息をしながら対峙する。
 落ち着け、と自分に言い聞かせる。今の一撃、もしもオロンゾを仕留めていたら大騒ぎになるところだった。こいつは金貨三百枚の賞金首だ。当分遊んで暮らせる金を誰がせしめたか、大いに話題になるだろう。パーティーで協力し合って倒し、賞金は山分けにした、というような回りくどい話は掻き消える。誰がオロンゾに止めを刺したのか、それはセネカだ、という話になる。街中で俺の名前が連呼される。
 そのうち誰かが、やっかみ半分に言い始める。そう言えば、剣の扱いに長けたセネカという奴が手配されていたな、と。そうなれば俺は、ルメイやフィアと別れてどこかへ逃げなければならなくなる。大金を持ったお尋ね者となれば、スラムにさえいられないだろう。もうどこにも行く場所はないのだ。


「加勢する。こっちは片付いた」
 メイローの声が背後から聞こえた。俺は数歩にじり下がるが、オロンゾは前に出ようとはしない。一瞬だけ背後を見る。四人の山賊たちが地面に倒れている。メイローとトーリンが盾を構えて俺の左右についた。遅れてジェラールもついてくる。四人に囲まれつつあるオロンゾは、さすがに二枚岩の方へ引き始めた。岩場の上にいたクレールも、オロンゾの剣が届かない辺りまでは降りてきて様子を見ている。
 こちらのペースになったと思った時、林の方から剣戟の音が聞こえて来た。


 林の方でサッコが暴れている。
 怪力無双のサッコは全身に金属鎧をつけ、大振りな両手剣を振り回している。ジェラールの剣士と、立ち上がって左手に剣を握っているウィリーと、メイスを持ったルメイの三人で何とかサッコを抑えている。ドゥッテは横たわったままで、フィアの姿は見えない。と思ったら、サッコがのけ反って肩に刺さった矢を抜いた。フィアは木の背後から矢を放っているようだ。
 まずいことになった。向こうには怪我人が二人もいる。
 俺たちが背後を気にしたので、二枚岩の隘路に逃げ道を確保したオロンゾが長い腕で斬りつけてきた。俺が正面に立ってそれを受ける。メイローとトーリンも加勢してくれるが、オロンゾは二枚岩の隙間に出たり入ったりしながら攻撃してくるので思うように反撃できない。


 ルメイが無理をして怪我することがないように、フィアが傷つけられることがないように祈るが、ここを離れるわけにはいかない。こいつを何とかしなければと焦る余り、無理に押し込めようとして危うく小手を叩かれそうになる。
 これは不利な戦いだ。
 オロンゾは気が済むまで俺たちを引き付けておいて、いざとなったら逃げだすだろう。こいつの脚力に追いつける奴はいない。その間、サッコが自由に暴れ回ることになる。クレールが岩場から下りて来たので交代を頼みたいが、オロンゾに切られたふくらはぎが痛むらしくびっこを引いている。


「一人やられたぞ」
 オロンゾが赤髪を汗でべったりと頬に貼り付けながら笑っている。リーダーのウィリーを残してきたメイローがさっと後ろを確かめた。その隙にオロンゾが斬りつけようとするので、その剣先を跳ね上げた。俺の剣が短かったらメイローも斬られていただろう。
「お前ら冷たいな」
 オロンゾは絶好調という笑顔をしてみせた。顎を引いて大口を開けるので、腐ったような色をした舌が見える。その口に剣を突き入れようとするが、手首のひと捻りで剣先を逸らされた。


 その場にいた全員が身を固くした。
 馬のいななきが聞こえたからだ。オロンゾが盾を深く構えて二枚岩に背をつけ、周囲を見回している。加勢が来たのならいいが、山賊の新手が来たとしたらおおごとだ。
「メイロー、オロンゾを見ててくれ」
 全員がオロンゾから目を離すわけにはいかない。メイローは短く返事をすると、いつでも身を引ける構えからオロンゾを剣で小突く動作を繰り返した。オロンゾが苛つきながらその切先を叩いている。
 振り向くと、街道から二頭の騎馬が飛び出してくるのが見えた。どちらも鞍を乗せただけの栗毛馬で、乗り手は長槍を抱えている。一人は胸当てをつけ、首に黄色いスカーフを巻いている。もう一人は鎖帷子を身に着け、背負った盾には赤い斧のマークが見える。あれは賞金稼ぎのスミスとジェフリーだ。


 先に入ってきたスミスが手綱を引いて馬を止めると、周囲をぐるっと見回して怒鳴った。
「サッコとオロンゾ、逃げるなよ!」
 賞金稼ぎたちにその名前が伝わっているということは、マシューの知らせが間に合ったのだ。ありがたい。ルメイとフィアの姿が見えるし、ウィリーも立っている。後から入ってきたジェフリーが馬を止め、盾をぐるっと回して見せた。
「赤い斧のスミスとジェフリーだ。間違って刺したくない。その場を動かず、山賊を武器で示してくれ」
 ウィリーたちが剣で一斉にサッコを指した。スミスとジェフリーがサッコを認め、馬に拍車をあてた。馬の走る勢いもそのままに、二人は槍を構えてサッコに襲いかかった。サッコはさすがに相手が多すぎて林の奥へ退散した。馬で追いかけるわけにいかず、賞金稼ぎの二人は馬を下りて長剣を抜いたが、ウィリーに呼び止められた。ウィリーは剣でこちらを示して何か話している。


 スミスが剣を納めて再び馬に乗り、こちらに向かって走ってくる。ジェフリーはウィリーたちの元に残った。
 俺はオロンゾの様子を見た。
 オロンゾは歪んだ笑いを浮かべて盾を背中に回した。もう一本剣を抜いて両手に片手剣を構え、剣を擦り合せてみせる。それはスミスに向かって、来いよ、と言っているようなものだ。二枚岩の隙間に馬で入るのは不利になる。ここなら戦えると踏んだのだろう。
 しかしスミスは涼しげな顔をして岩の裏手へ馬を回している。黄色いスカーフが靡いて遠のいて行くと、オロンゾが慌てて剣を納めて逃げ始めた。スミスはオロンゾをこの細道に閉じ込める積りなのだ。


「奴の賞金は金貨三百枚だぞ!」
 メイローが怒鳴りながらオロンゾの後を追いかけた。ジェラールも調子づいてその後を追う。クレールは斬られた足を引き摺りながら二人の後を追った。しかし見る間にオロンゾに距離を開けられている。この分ではスミスも間に合うまい。廃墟に入ってしまえばとても馬では進めない。
「すまない、兄貴の様子を見て来てもいいか?」
 トーリンが剣を納めて俺に訊いてくる。実は俺もルメイとフィアの元に行きたいのだが、兄弟の容体が気になる気持ちは判る。ジェフリーたちがいれば向こうは大丈夫だろう。
「行ってやってくれ」
 トーリンが大きく頷き、林の方へ向かって走り始めた。一緒に戦った仲間たちが走って行くのを確かめてから、革帯を振り払うようにして丸盾を投げ出し、岩に背を預けて空を仰いだ。ぼさぼさの髪が汗に濡れて顔に張り付いてくる。ぜいぜいと息をしながら、右手で左の肩を掴む。その痛みに慌てて手を離す。


→つづき

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