まるで火竜の巣だ。
 コルホラ隊長と一緒に食堂のある一階部分の屋上に出た。そこには見渡す限りの闇に突出する櫓と、燃え盛る炎の音があった。衛兵の掛け声とともに開閉器を操作する重い音も聞こえてくる。巨大な蝶番を動かすような音で、荒波に軋む船体の音を思わせる。
 建物の縁まで行って柱に手をかけ、身を乗り出して見上げれば、最上階の壁が大きく回転して閉じたり開いたりしているのが見える。開いた瞬間にふいごを使うらしく、ゴウゴウという空気の流れる音とともに夜空に火の粉が舞う。世界の果ての岩山に棲むといわれる火竜の巣を見上げているかのようだ。


 夜は本来暗いものであるが、それに抗う人間の営みを見る気がする。これだけ大掛かりに篝火を焚いても、遠くから見れば小さな一点にしか見えないだろう。しかしそのわずかな点が、人間にしか伝わらない情報を四方へ知らせている。
 星を散らしたわずかに青黒い夜空の底を、真っ黒な地平線が切り取っている。この灯りが届く範囲にどれだけの人間がいるのだろうか。黒々とした大地に目を走らせるが、吸い寄せられるような闇があるだけだ。
 もしもこの広大な荒地で迷っている冒険者がいたら、櫓の光は灯台の役目も果たすだろう。その明滅が何を意味するか読み解けなくとも、衛兵が詰めている櫓の位置を夜空に示してくれるのだから。


「取り敢えず部屋に入ってくれたまえ」
 中央に浮かぶ室へつながる階段の途中から、コルホラ隊長が声をかけてきた。階段の元にカンテラが吊り下げられていて、その周囲だけを照らし出している。その光源に目が慣れてしまうと、今立っている吹きさらしの床面の他は何も見えなくなり、四方から闇が迫ってきた。無限にひろがる闇の世界を櫓ごと漂流している錯覚にとらわれる。
「凄い眺めだな」
 ルメイが階段の手すりにつかまりながら、振り返って漆黒の荒野を見つめている。その横顔をカンテラの灯りがかすかに照らしている。
「灯火をこんな風に焚いてたのね」
 これまで野営地で何度も灯火を見てきたフィアも、実際に篝火を焚いている様を目の当たりにして言葉に詰まっている。


 コルホラ隊長の部屋は、昼間に見たのとはかなり印象が違っている。明るい陽光の中で見た時は、調度の整った洗練された雰囲気があった。しかし今、わずかな燭台に照らされた部屋は闇に浮かんでいる趣がある。頭上から聞こえてくる木板の軋む音も手伝って、凪いだ沖に浮かぶ海賊船のキャビンを連想する。
「座って楽にしてくれ」
 コルホラ隊長がテーブルに座ったので、俺たちも席に着いた。テーブルには例の発酵させる前の葡萄酒が置いてある。いつの間にか頭上の喧噪が納まっていて、思わず天井を見上げた。
「あれ、もう終わりですか?」


 コルホラ隊長が杯を傾けながら苦笑した。
「これからだよ。いま準備が終わったところだ」
 フィアが頂きますと言って杯を口につけてから説明してくれた。
「最初に暫く準備信号を出して、一旦休止するの。その後に本文ね」
 なるほどそういうものか。確かに灯火信号がある瞬間からいきなり始まるのなら、野営している冒険者たちは目を皿のようにして夜空を見つめていなければならないだろう。
 やがて窓から、「ひとおつ!」という衛兵の掛け声が聞こえてきて、開閉器の軋む音が櫓に響き渡った。暫く間をおいて「ふたあつ!」と続く。


「人探しの依頼を出したい」
 コルホラ隊長に唐突に言われて、俺たちは言葉を失った。隊長は硬い紙で出来たカードを手に持っていて、それをテーブルの上で立てたり寝せたりしている。灯火信号の騒音の合間にカードが机を叩く、カタ、カタ、という小さな音が聞こえる。
「誰をお探しです?」
 唐突な依頼など受けられない、という言葉を呑み込んで、まずは訊いてみた。
「少しだけ話に付き合ってくれるかね?」
 俺はパーティーリーダーとして頷いてから、手で先を促した。
「私はもともと北の生まれでね。まだほんの幼かった頃、森と耕地に囲まれた小さな街に住んでいた。林を背にして建つ青い屋根の家と、冬には雪に覆われる麦畑をかすかに覚えている。私が生まれて暫くすると、両親は訳あってデルティスに移り住んだ。人には色々と事情がある、という奴だな」
 コルホラ隊長が言葉を止めてルメイを見たが、俺たちはまだ何も返答できなかった。


「デルティスに移ってから弟が生まれた。父はわずかな土地で麦を育てていたんだが、商売にちょっとした才覚があってね。林業を始めた。それが当たって、私と弟は教育を受けることができた。もっとも私はものにならなかったがな」
 コルホラ隊長が自嘲気味に笑って葡萄酒を飲んだ。
「弟は経理を学んで成功した。何年か商会で働いた後、良い縁があって城の会計役に取り立ててもらえた。その城には領主様が住んでいたから、えらい出世だな。私はその縁故を頼ってイルファーロで衛兵の仕事につけた。もう何十年も昔の話だ」


 コルホラ隊長が話を区切って窓の外を眺めた。窓から微かに風が入ってきて、燭台の灯りをわずかに揺らしている。部屋を包む光が明滅して小さな影たちがゆらゆらと揺れた。
「城では秋口に収穫のお祭が催されてな、私も何度か招かれた。大広間に料理が並べられて、大勢で飲み食いする。遠くからだが、上座のテーブルに座っている領主を見た。すぐ近くに弟もいた。私は弟が誇らしかったよ」
 何かを思い出すかのように虚空を見上げている。
「今でもはっきり覚えている。大きな燭台に灯る無数の蝋燭、壁を飾る家門の入った旗、部屋の入口に立つ甲冑姿の衛兵。まだあどけない領主の息子が二人、それと幼い娘さんが一人。ソフィア公女がもし生きていたら、ちょうど君と同じくらいの年頃になっている筈だ」
 コルホラ隊長が目を細めてフィアを見た。フィアは困った顔をしてから、無理にも笑ってみせた。
 デルティスに城は一つしかない。そして当時の領主となれば、デルティス公フランツ・リヒテンシュタインということになる。イルファーロの夜祭で旅芸人の一幕を見たが、あの主人公だ。コルホラ隊長は弟を通じてデルティス公と親交があったようだ。


「ところがだ。弟が城の会計に慣れて金繰りを一手に担うようになってから、あの忌々しい事件が起きた。世の中、何が起きるか判らんものだ」
「閲兵式での事と、それに続くデルティス城の動乱ですね」
 俺も当事者ですなどと打ち明けて詳しい話をする訳にはいかないが、誰でもそれくらいは知っている。逃亡したデルティス公を探しに近衛兵が城に入った日、城中も城下も乱れに乱れた。
「そうだな。お偉い領主様が何をしたかなんて知らん。だが弟がそんなものに関わっていなかったことは断言できる」
 コルホラ隊長は暗殺という言葉を避けた。衛兵にとっては口にするのも厭わしい言葉なのだろう。
「それが、分別のない騒ぎのせいで領主の眷属も会計係の弟も城から逃げ出さねばならなくなった。挙句に領主の息子たちが逮捕される始末だ。真相が何もわからないうちに、バイロン卿が好き勝手に采配した」


 話が思わぬ方へ進んでいる。ルメイは杯が進まずに黙っているし、暗くてよく見えないがフィアの顔は蒼褪めているようにみえる。
「探して欲しいのは私の弟、クレメンス・コルホラだ。デルティス公の会計係だった男だよ」
 コルホラ隊長が俺の顔を見て言った。なんという奇遇だろう。俺は自分の小隊を引き連れてデルティスの城下町を捜索していた時、バイロン卿から手渡されたリストを持っていた。そこには捕えるべき者の筆頭としてデルティス公とその眷属の名があったが、それらに並んで会計係クレメンスの名も挙げられていた。
 しかし、あの時とうとう探し出せなかった男を、今さら探し出せる筈がない。窓から聞こえてくる衛兵の掛け声と、開閉器の軋む音を聞きながら、何と言って断ったものか考えた。


「申し訳ありませんが、その依頼を受けるのは無理です。俺たちは自分の食い扶持を稼ぐのに精一杯で、人探しをしながら国中を尋ね回るのはとてもやれそうにない」
 俺の申し立てを聞いてもコルホラは動じない。さらに続けて言う。
「クレメンスはデルティス城の動乱の後、行方不明ということになっているが、半年後にここに立ち寄っている。身分を隠して冒険者のふりをしていたがね。弟は散り散りになったデルティス公の家族やかつての同僚を探していた。こんな事になるならその時に思いとどまらせておけば良かったが、追手がかかっているという話だったし、他の連中に私の弟だとばれると厄介だったので長く留まらせることは出来なかった。弟はここに三日いたが、とうとう森に向けて旅立って行った。
 君たちのパーティーは呪いの森へ行く途中、シラルロンデを通るだろう? 弟はあそこに手がかりがあると言っていた」


 その土地の名に聞き覚えがある。
 カオカ遺跡で瓦礫をどかして背嚢を掘り出していた時、突然闇に包まれて過去の光景を見た。その時、魔法使いのイシリオンがその名を口にした。地下道をまっすぐ進めばシラルロンデまで行ける、と。
 しかしそこがどんな所かは知らない。呪いの森までの道順はフィアの知るところだ。俺はフィアに目線で尋ねた。フィアはひどく緊張している様子で答えた。
「確かに、シラルロンデを通ります」
 コルホラ隊長は俺たち三人がもう二年も行動を共にしていると思っている。なぜこの話題だけフィアが答えるのかという疑念を顔に浮かべたが、構わずに先を続けた。
「河に沿って進めば必ずシラルロンデの跡地が見えるからな。あそこにはかつて船着き場があった。今はもう廃墟になっていて人は住んでいないが、隠れ家のようなものがあるのかもしれん」


 言いづらい事を言わねばならなくなった。
 なりふり構わず生き延びようとしてきた俺にはよく判る。街から離れ、人目を忍んで何年も食いつなぐなんてことは誰にも出来ないのだ。ましてお城で暮らしていた人ではないか。おそらくコルホラ隊長の弟も、あの事件に関わってしまった他の人たちも、皆すでに死んでいる。俺は依頼を出そうとしている男の顔をじっと見つめ、静かに口を開いた。
「ですが、あれからもう五年も経ちます」


 俺はコルホラ隊長が怒りの表情を浮かべるものと思っていた。俺を睨みつけながら、だからと言って死んだとは限らないだろう、などと言い返してくるものと思っていた。しかし目の前の男はわずかに頷いただけだ。
「判っている。君たちに探してもらって、ひょっこり弟と会えるとは思っていない。シラルロンデでも森でもいい、弟がどこかに辿りついたという痕跡や、その後の足取りとか、あるいは……死体とか、そういうものがあったら報告して欲しいんだ」
 コルホラ隊長の顔には、やはりわずかな苦悶の表情が浮かんでいる。俺が考えたようなことは、世慣れたこの人もよくよく判っているのだ。そういうことならば、できれば請け負ってあげたいという気持ちになってくる。


「弟さんの背格好は?」とルメイが言った。
 俺がわずかでも乗り気になったのがルメイにも伝わったのだろう。確かにクレメンスに関する情報が少なすぎる。このままでは旅先で死体を見かけるたびに、これは探し人だろうかと悩むことになる。
「体格は私とほぼ同じだ。髪はこの色、栗色だ。最後に会った時は短くしていたが、その後どうかは判らん。瞳は青いが、それはまあ、生きていたらの話だな……」
 自分の頭髪を指で持ち上げて説明していたコルホラ隊長は、そこまで言ってふと手のひらを見つめた。


「何を身に着けていたかな。似合わない革鎧をつけていたな。確か盾はなかったと思うが、大きな荷物を背負っていたよ。君たちと似た感じ、冒険者の格好だな」
「目印になるような物は?」
 俺の質問に、コルホラ隊長は目を伏せて思い出そうとしている。
「頑丈な短剣を吊るしていた。デルティス公から下賜されたもので、智慧の剣という業物だ。それと荷物の中に帳簿を持っていた。城にいた時代につけていたもので、見る人が見れば領主が何も企んでいなかったことが読み取れる筈だ、と言っていた。私にはよく判らなかったがな……」
 まだ眉根を寄せて黙っているが、それ以上は思い出せない様子だ。


「それにしても、なぜ今になって捜索の依頼を?」
 俺の問いに、コルホラ隊長が苦い顔をした。
「ここは流刑地なのだよ」
 咄嗟には意味が判らず、顔をしかめた。
「私はもともとイルファーロの衛兵隊長だった。それが、あの事件からひと月ほどしてその任を解かれ、ここに配属された。初めはなんでいきなりそんな命令が出たのか理解に苦しんだ。それから相次いでここに飛ばされてくる奴が出て来た。みな、デルティス公に近しい家柄の者か、バイロン卿のやり方に異を唱えた一族の者だ」
 コルホラ隊長の言うことが理解できた。そして、なぜ彼の顔に苦悶の表情が刻み付けられているかも。彼はこの地で絶望と焦燥を味わい続けているのだ。


「ここは人里離れた僻地だから、任期はたいてい半年だ。それが一年たっても二年たっても異動の命令が出ない。ここの任を解かれたら退官して弟を探そうと思っていたが、最近になってやっと判ってきた。バイロン卿の権勢が続く限り、私はおそらく死ぬまでここにいるのだ。世の中のことからすっかり取り残されて、朽ち果てるその日まで」
 身に覚えがある。
 得体の知れないものに巻き込まれて、気が付いた時には進退窮まっている、というその感覚に。そしてさっきルメイが言っていた通り、この櫓の予算は年々減らされているようだが、それも当然のことだ。この先コルホラ隊長は入れ替わっていく部下を眺めながら、さらに厳しい時代を延々と過ごさねばならないだろう。冒険者が通りかかるのさえ珍しいこんな僻地で。


「私は居ても立ってもいられない気持ちで毎日を過ごしてきた」
 コルホラ隊長は手にしたカードを指で回しながら机を小刻みに叩いている。
「私がここから出れないとしたら、弟のことは誰かに頼まねばならない。しかしここにいる者たちは皆、私と同じ立場だ。部外者といったら、たまに通りかかる冒険者くらいのものだ。灰捨てをわざわざ引き受けて、道の先を眺める日々を続けてきた。そこへ通りかかったのが、君たちだ」
 コルホラ隊長は葡萄酒を一口飲んでかぶりを振った。
「だが冒険者なら誰でもいいという訳ではない。人の出入りの少ない、安定した、少人数のパーティーがいい。どのみち二、三日で遣りおおせる依頼ではないのだ。そしてリーダーは剣を振り回すだけの男ではなく、思慮深い人間でなければいかん。依頼を口にすれば、自然と私の問題が露わになってしまうのだから」
 崖下で出会った時から、俺たちはずっと様子を見られていたのだ。


「まさかとは思うが、バイロン卿の身内はいないだろうな?」
 コルホラ隊長が首を傾げ、皮肉な笑みを俺たちに向けた。俺は半笑いのまま首を振って見せた。バイロン卿に与する者がこんな場所をうろついているわけがない。コルホラ隊長も、まあそうだろうな、という顔をしている。
「知っての通り今はディメント王の御代だ。しかしバイロン卿の専横が王宮を支配している。食堂で君たちをからかった若いのがいただろう。あいつなども、本来なら領地で若様と呼ばれてかしずかれている筈の男だ。親父がバイロン卿に対抗して以来、没落の一途を辿っているがね。だからとは言わんが、奴の嫌味な態度を大目に見てやって欲しい。君たちにしてみれば大変な毎日だろうが、ここに縛り付けられた人間から見れば、自由を謳歌する羨むべき存在なのだ」
 俺はバイロン卿がこの国に及ぼしている力を思い知った。おそらくここだけではない。櫓は他にも数箇所あるし、僻地の使役は他にも色々とある。そういった場所で同じようなことが起きている筈だ。今、バイロン卿の意に沿わぬ大勢の人々が苦境に立たされている。俺は自分のことばかり考えていたが、俺に限った話ではなかったのだ。


 コルホラ隊長が背筋を伸ばして俺たち三人を見渡した。
「正式な依頼はこうだ。依頼人、エイノ・コルホラの弟、クレメンス・コルホラの消息を探って欲しい。もし死んでいたら、何か遺品を持ち帰ってくれ。荷物でも、剣でも、髪でもいい。この依頼に掛かりきりにならずとも良い。狩りや探索のついでで構わない。期限もない。報酬は金貨十枚。生きている弟に会えたらその倍出そう。
 どうだ。引き受けてくれるか?」
 コルホラ隊長が俺の目を見ている。俺の腹は決まっているが、ルメイとフィアの顔を見た。二人とも黙ったまま小さく頷いた。俺は依頼主を見返した。
「引き受けましょう」


 コルホラ隊長がほっとして息を吐いた。そして手元でくるくると弄んでいたカードを俺の手前に置いた。
「ありがとう。ここに櫓の宛先が書かれている。この先、私がここに居続けるとは限らん。もっと僻地へ、あるいは過酷な部署に異動させられるかもしれん。それでも衛兵として籍を置く以上、郵便はきちんと届く。部署が変わっていたら転送される筈だ。捜索に進展があった時は私宛に手紙を出してくれ。中身は検閲されるから、挨拶みたいな中身でいい。間違っても今の話を書くなよ。
 私はイルファーロの冒険者協会の気付で君宛に返信を出す。その手紙に自分の居場所を書くから、そこを訪れてくれたらいい。私がどこかに転属していたとしても、行先をあちこち訊いて回るようなことをしたら駄目だぞ。君たちにまで迷惑をかけたくない」
 カードを受け取って目を通した。見るからに厳かな文字が並んでいる。この人は俺が文字を読めるか知らない筈だが、ルメイが読めることは知っている。俺はカードの文字が書かれている方を内側にして二つ折りにすると、自分の金を入れてある革袋の中にそれを仕舞った。
「気を使ってもらって感謝します」


「疲れているところを話に付き合わせて済まなかった」
 コルホラ隊長が葡萄酒を飲み干して立ち上がった。
「宿直室はこっちだ。私はいつも別の場所で寝ているから、遠慮せずに使ってくれ。明日の話だが、衛兵たちは日の出とともに起床する。私が君たちなら、その前には門を出る。わるいが朝食はここを出てから、自前で頼む」
「判りました。色々とありがとうございます」
 俺たちが立ち上がると、コルホラ隊長が隣室につながるドアを開けて入って行った。自分たちの背嚢を担いで後について行くと同じくらいの部屋があり、行李や麻袋、革鎧やブーツといった荷物が雑然と置かれている。


「散らかっていて済まない。そっちの壁際が寝床だ」
 部屋の奥行きの半分ほどが内壁で三等分に区切られている。左右には槍や剣などの長大で場所をくうものが立てかけてある。中央はさらに上下に仕切られていて、下半分には革帯や矢筒が押し込められている。その上部に、天井の低い寝台が設えてあった。登れるように二段ほどの梯子がかかっている。
「三人だと狭いかもしれんが我慢してくれ。汲み上げた水がここに置いてあるので自由に使っていい。明日の朝に発つ時も、ここで水筒を満たしてくれ」
 物音が止んだので皆でふと天井を見上げた。
「どうやら今日の分は終わったようだな」とコルホラ隊長が言った。
「そのようですね。今から灰を降ろすのですか?」
 衛兵たちが動き回っている時分には寝床に入りづらい。何か手伝えることがあればと思って訊いてみたが、コルホラ隊長はすぐに首を横に振った。
「灰が熱いうちは何もせん。この後は当番の者が報告を書いて、私がそれにサインしたら就寝だ。気にすることはない、もう横になってくれ」
「それでは、お言葉に甘えて」
 俺たちは荷物を壁際にまとめて置き、革鎧を外しにかかった。
「私は食堂にいるから、何かあれば呼んでくれ」
 そう言ってコルホラ隊長はドアを閉めた。


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