こいつは俺をまったく恐れていない。
 剣を高々と構えている目の前へ躊躇なく進んでくる。制止の言葉には耳を貸さず、唸り声をあげ続けている。暗くてシルエットしか見えないが、歩き方がぎこちない。おそらく酩酊しているのだ。影の男はそのまま無遠慮に剣の間合いに入ってきた。
 よろしい。お前は代償を支払うことになる。
 両手で掴みかかろうとしてくるところへ、勢いよく剣を振りおろす。ザン、という音がして男の右肘から先が水溜りに落ちる。派手にあがった水飛沫が松明の光を反射して千々に輝く。


 襲いかかってきた男は腕に衝撃を受けてバランスを崩した。その隙に鉄芯入りのブーツで脇腹を蹴りあげる。男が無様に倒れるのを見下ろしながら、違和感に眉根を寄せる。
 蹴った拍子に肋骨が折れる感触があった。信じられないほど痩せた男だ。ほとんど肉がついていないのではないか。それにしても、こいつは片腕を切落とされたというのに悲鳴ひとつあげない。フィアが松明を増やしたので辺りが少し明るくなる。俺は前髪から流れ落ちる雨水に顔をしかめながら人型の影を凝視した。


 照らし出された光景に息を呑む。
 よろよろと立ち上がった男の両目はつぶれている。落ちくぼんだ眼窩の穴から流れ出た液体が頬をつたって青黒い縞をつくっている。朽ち果てたぼろ布を身にまとい、むき出しになった下半身には骨と皮しか残っていない。右手を途中から切落とされているにもかかわらず、一滴の血も流れていない。片方の胸は砕け散って失せ、脇腹から臓物がはみ出ている。
「塚人よ! 触れさせないで!」
 背後からフィアの叫び声がした。思わず一歩さがって剣を水平に構える。


 おとぎ話のなかで動く死体の話を聞いたことはある。こいつがそれなのか? 冗談じゃない。塚人に触れられると呪われるというではないか。こんな得体の知れない奴が相手なら山賊の方が余程ましだ。斬りつけても平然と向かってくる相手とどう戦えば良いのか。
「ヴゥオオオ!」
 塚人は喉の奥を低く鳴らしながら残った片手で掴みかかってくる。上体を傾けて剣先を左に送り出し、反動をつけて勢いよく斬りあげる。ビシッという音がして塚人の左腕が飛んでいき、数歩離れた暗がりに回転しながら落ちていった。


 塚人が口を開けて怒りの声をあげる。
 だがその声は言葉にはならず、シャーッという蛇の威嚇を思わせる音にしか聞こえない。塚人の暗い口のなかに細長い歯が並んでいるのが見える。髪が濡れて垂れさがり、片方の頬にべったりと貼りついている。俺の剣士としての経験のすべてが、戦いの終わりを告げている。しかし信じられないことに、両腕を切られてもなお、塚人は歯をむき出して向かってくる。


 高く掲げていた剣に円弧を描かせて塚人の胴を横ざまに払う。渾身の一撃をくらわせたが、足元がぬかるんでいるので真っ二つというわけにはいかない。人間相手ならとうてい立っていられない深手を与えたが、こいつはまだ戦意を失っていない。どこまで切り刻んだら良いのか。力の込めづらい方へ剣先が流れているので、目の前に迫ってきた塚人の腹を押し出すように蹴りつけた。


 塚人の上半身が切れ目の入ったところから後ろに倒れた。自分に何が起きたか判っていないようで、左右を見渡すように体を捻っているが、ぶら下がった上半身は振り回されるばかりだ。腐乱して膨らんだ腸が腰から溢れ出ている。こいつはもはや人間の形を留めていない。
 背後からルメイの呻き声が聞こえる。
 一瞬だけ振り向くと、キャンプの中に立つルメイが塚人を見て顔を歪めている。視界の隅に松明を取り替えているフィアの姿も見える。ローブのように見える雨具を着ているので雨には濡れていないようだ。物音がして慌てて視線を戻す。塚人がバランスを失って倒れ、泥まみれになりながらのたうっている。これだけ斬っても死なないなら、どうやって殺したらいいのだ? こいつは最後にはどうなるのだ?


 森の奥から唸り声が重なって響いてきた。
 どうやら塚人にも仲間がいるらしい。こんな不甲斐ない奴らでも取り囲まれたら不利になる。何人いるのか確かめようと目をこらしていると、木々の向こうに蒼い光が浮かぶのが見えた。それが見えた瞬間に、ぞっとして体が冷えた。燐光に照らされて人の影が見えた。手慣れたしぐさで自分に魔法をかけたようだ。すっとした立ち姿で、塚人ではない。雨はさらに勢いを増して土砂降りとなり、水滴がつぶてとなって俺の肩に激しく打ちつけている。雷の前兆の重苦しい音が空を圧するように響き始めた。胸騒ぎに息が荒くなる。


 強烈な稲光が森を照らしだす。
 刹那、そこに立っている女が見えた。白い肌に栗色の髪をして、傷ひとつない美しい顔にうっすらと憐みが浮かんでいる。一糸まとわぬ姿だが、乳房の下から肌に蒼黒い斑点が現れ、それは下に向かうほど密度を増し、下半身は完全に蒼い。地面をえぐるような雨が降っているというのに、女の肌はまったく濡れていない。両手をゆるく広げ、舞台に立つ役者のようにゆっくりと掌を上に捻っている。女が手先を動かすにつれて、俺のうなじの毛が逆立つ。


 大地をどよもす雷鳴が空気を引き裂く。
 俺はその音に体の芯から震えあがり、肺から漏れ出た空気が情けない呻き声になった。稲光に照らされた世界が再び薄暗闇に包まれた。その残像に、女の左右に並ぶ塚人たちの姿が見えた。こいつは死人を操って従えているのだ。薄まっていく像に追いすがるように目をこらす。六人か、七人か? 一斉に飛び掛かってきたら避けようがない。


 この女は、人間ではない。
 どういう因果か知らないが、街から遠く離れた森で雨に打たれ、動き回る死体を切り刻み、さらにこの、女のような形をした何かと対峙させられている。幽霊とか、動く死体とかいうものは、暗がりを一瞬よぎって人を驚かせるものではないのか? 窓の外にちらっと見えて人を震えあがらせるものではないのか? こんな風に数歩の距離でじっと見つめ合いながら、どうやって正気を保てば良いのだ?


 死を忘れるな、どころではない。俺は死の予感で吐きそうだ。そしておそらく一番まずいのは、闇に浮かぶ女の瞳から目が離せなくなっていることだ。こいつの瞳は蒼く光っているではないか。手が震え、歯の根が合わなくなる。後ろに退きたい気持ちで一杯になるが、踏みとどまってルメイとフィアを守らねばならない。
「……死人遣いよ」
 背後からフィアの囁き声がする。あなたは死ぬわ、と言われたようなものだ。


 剣の間合いに入っている女がうっとりと俺を見ている。これから屠殺する豚がうまそうに水を飲むのを眺めている農婦の目だ。脳裏に故郷の風景がさっと広がる。なだらかな緑の丘と用水路にかかる小さな木橋。郷愁が俺の心を鷲掴みにする。呪いの森に分け入るなど狂気の沙汰だったのだ。思い描いた風景に逃げ出したくなる心をなんとか現実につなぎとめる。剣を握り直すが、思うように力が入らない。ルメイとフィアに見られているのを恥ずかしいと思いながらも、全身ががたがたと震えるのを止められない。


 緊張がこれ以上ないところまで達したとき、俺は開き直って死を受け入れた。
 語り継がれる物語のなかで、死に際の英雄たちに降りてきた高揚が俺を包む。仲間を守るために野辺で死ぬ、結構じゃないか。どのみち苦痛は一瞬だろう。苔むした墓標の群れ。この世に生まれた人間たちの最期は、ひとり残らずそれだ。どうせ死ぬなら一撃浴びせてやる。


 足場を確かめてから、勢いよく剣を振りおろす。
 ドスっという音がして剣が女の手前で止まった。空中にある透明な何かに遮られたのだ。木の幹に斬りつけたような鈍い手応えがした。剣が当たった場所に蒼い燐光がひろがって消える。この女は目に見えない膜のようなものに包まれているのだ。


 女は眉一つ動かさず、前のめりになって俺の顔を見ている。
 剣を引くとき、わずかに刺さった場所から抜ける感触があった。もう一度だ。腰だめにした剣で思い切り突くと、やはり剣は途中で止まってしまう。木の壁を突いたような感触だ。こちらは死ぬ覚悟だが、女の顔に微笑が浮かんだ気がして背筋に悪寒がはしる。こんな奴とどう戦ったら良いのだ? 剣を止められた衝撃で手首が痺れている。何度斬りつけても同じことだろう。俺は自分が情けない顔をして、その場にくずおれそうになっているのに気付いた。命を懸けても傷ひとつ与えられないとは。


「さがって! 剣はきかないわ!」
 フィアが鋭く叫んだ。我に返ると、後ろから光がさして周囲を照らしている。思わず振り返ると、フィアが王佐の剣を抜いて頭上に掲げている。その剣身が白く輝いている。暗い森のなかで、それはまるで小さな太陽のようだ。
「とっておきの呪文をつかう!」
 俺はキャンプの縁までさがった。死人を操る女の顔から憐みが消えた。ちょっとした興味を覚えているようだ。雨音にまじってフィアの唱える言葉が響く。



   ロッドファーヴニル、忠告をいれよ!
   いれれば役に立つ
   きけばお前のためになる
   影に生きる虚ろな者は
   帰途につくべし、さもなくば



 フィアの詠唱が途絶えた。
 さもなくば、……なんなのだ? 俺は我慢できなくなって振り向いた。フィアは目をむいて斜め下を凝視している。唇を舐め、目を細め、呪文を思い出そうとしている。すぐそばでルメイが、胸の前に突き出した拳を開いたり閉じたりしながらフィアを見詰めている。フィアの掲げる短剣は、呪文の成就を予感するかのように明滅している。
 死人遣いの女に視線をもどした時、あやうく声が出そうになった。
 女は俺に近寄り、唇をまるめて息を吹きかけている。その見えない息が、俺に間違いなく届くように片手をそえている。剣を構え直して手首で顔を庇うが、生暖かい空気が雨に濡れた肌に吹きつけてくる。


 ふいごで吹きこまれたかのように俺の胸が膨らんだ。止めようとするが、留めようがない。俺は剣から片手を離して喉を押さえた。このままでは胸が破裂してしまう。しかしそれは勝手に止まり、今度は出口を探して胸のなかをまさぐっている。呑み込んだ強靭な生き物にはらわたを掻き回されている気分だ。
 俺は殴られたことがあるし、斬られたこともある。だがこんな苦しみは味わったことがない。やがて胸にたまった空気が喉をこじ開けて口元へ出てきた。誰かに操られる楽器のように、俺はしわがれた声を宙に放った。


「戻るべき棲家を失うであろう」
 破裂するような勢いでフィアの短剣が光り輝いた。あまりの眩しさに手で目を覆うが、やがて光は収束する。完全に消えうせたのではなく、ごく薄い光の被膜が残されている。光の被膜はフィアを中心とする半球状に展開し、ちょうど俺と死人遣いの女の間に境界がきている。膜の表面にはくっきりとした光の濃淡があり、見たこともない紋様が流れるように映し出されている。フィアが唱えたのは障壁を張る呪文だったのだ。しかしこの呪文は、死人遣いの女の助けでなされた。ありったけの疑問を込めた俺の視線を受けて、女がうっすらと微笑んだ。


「こんなところで人に会うとは思わなかった」
 あろうことか、その優しい声音に惹きつけられる。だが俺も修羅場を越えてきた男だ。なんとか踏みとどまって自分の心を保つ。
「古い言葉を覚えているのね。最後の一節を忘れちゃったみたいだけど」
 女の声に聞き覚えがあって愕然とする。はるか昔、故郷での夏祭りを一緒に過ごした幼馴染の面影が鮮やかに蘇る。穏やかな日差しに包まれた林のなかで、ミシェルが摘んだ露草の匂いを嗅ぎながら、他愛のない話に接ぎ穂をなくし、俺たちは見つめ合った。どんなに手を伸ばしても届かない、古き良き思い出。


 剣の柄を握り締めて目をつぶる。
 死人遣いの顔がミシェルに似ている気がしてきた。死体を引き連れて森を歩き回っている全裸の女がミシェルの筈がない。それは判っているが、心をもっていかれそうになっている。しかし目をつぶっているわけにもいかない。かっと目を見開くと、女がわずかに顎をひいている。
「腕前を試させてもらう」
 これが死人遣いの本来の声とは思えないが、誰とも判らない女の声で話している。だが用心せよ。こいつは話しているあいだも全く唇を動かしていない。


 女がそっと横を見ると、そこに立っていた塚人が動き出した。泥に足を取られてよろめきながらも、唸り声をあげて歩いてくる。両手をあげて掴み掛ってくるので、フィアが張った障壁の奥へ後ずさる。退きながらも剣を構えて襲撃に備える。
 塚人の腐った体が障壁を通り過ぎようとした時、灼熱した石に水滴をこぼしたようなジューっという音がした。塚人が哀れな声をあげて障壁の外側に倒れ、のたうちまわっている。障壁を超えた部分、両手の先と腿から下が真っ黒に焦げている。焦げた部分は灰になり、雨に叩かれて崩れ去った。そこに現れた黒焦げの断面に、熾火を吹いたような赤い光点が蠢いている。


 初めは、木の葉が擦れあう音かと思った。
 森に突風が吹いて無数の葉が擦れあうような、ざわついた音がひろがったのだ。だが辺りは無風で、大雨が降っている。これは死人遣いの笑い声だ。わずかにのけぞって手の甲を口に寄せている。
「そこにいるのは小さな同胞ね。ヴァルプルギスにはまだ日があるけど、こんなところで何をしているの?」
 死人遣いが俺の背後を覗き込んでいる。見れば、フードも目深に雨具を着けたフィアが輝く短剣を手に立っている。その恰好は魔女に見えなくもない。


 死人遣いがフィアから視線をそらし、目を細めて俺を見る。
「剣をかまえて何のつもり? ここはわたしの縄張り。よそ者の勝手を許すわけにいかないわ」
 意外にもまともなことを言われて返す言葉に迷う。
「俺たちは冒険者だ。道に迷ってここにたどり着いた。敵意はないが、振りかかる火の粉は払う」
 死人遣いがくつくつと肩で笑う。
「わたしの持ち物を壊してただで済むと思っているの?」
 女は足元を見てからすっと手を差し出した。下向きにしていた掌を返して上に向けると、黒焦げになった塚人が操り人形のように立ち上がった。だが両脚はすでに失せており、その体は空中に浮いているようにしか見えない。


 死人遣いの女が力を抜いて手を戻すと、塚人は足場を失った積木のようにその場に崩れ落ちた。その様子を見た女は、ゆっくりと首を左右に振っている。壺に入っていた食べ物が腐っているのに気付いた人間の女のように。これはもうだめだわ。仕方ないわね。首を振る動きに合わせて、まったく濡れていない栗毛が柔らかく揺れている。俺はまたこの死人遣いに惹かれている。そうした所作がいかにも女らしくて好ましい気がするのだ。


 死人遣いの女が、今度は掌で地面を押さえるような素振りをする。塚人が小刻みに震えて、わずかに残っていた腐肉が泡立ち始めた。塚人が許しを請うように片手を上げるが、みるみる肉が解けて汚れた色の骨があらわれる。その骨もやがて溶けて流れ落ちた。しばらく地面が黒い泡で色づいていたが、後から後から叩きつける雨粒に薄まり、やがて何も見えなくなった。
 女がふと、数歩離れた場所に目をやる。俺が最初に倒した塚人がばらばらになって蠢いているのに気付いたのだ。そちらにも同じように手をかざす。いやいやをするように泥のなかで体を捻っていた塚人が、溶けて地に流れた。


「代償を支払ってもらう」
 死人遣いの女が瞳を蒼く光らせて言い放った。
 俺はこの先、何度も悪夢にうなされるだろう。人として生きた後、死体になってもこき使われ、誰にも弔われずに泡となって消えることもあるのだ。そういうことが、目の前で起きたのだ。呪いの森の奥には、そういうことをする蒼い瞳の女が確かにいるのだ。もっとも、悪夢をみる心配はこの場を生き延びてからすべきであろう。


「久し振りに楽しませて」
 死人遣いの女が恍惚として両手をあげ、ゆっくりと天を仰いだ。細い鼻梁が見え、額にかかっていた栗毛が左右に分かれる。白い乳房が上向きに吊りあがり、障壁が放つ光に妖しく照らし出されている。俺はごく浅く呼吸をしながら、その光景に目を奪われた。美しさと恐怖は同じもののなかに同居するのだ。俺の死より早くこの世に終わりが来るとしたら、それがどんなものであれ、目を見開いて世界が滅ぶさまにじっと魅入るだろう。



   オーディンは大地の神々の御前で
   ダーインは妖精たちにまじって
   ドヴァリンは小人たちの目の前で
   アースヴィズは巨人たちに囲まれて
   その姿を彫ってみせた



 死人遣いの女が呪文を詠唱し始めた。女を包む蒼い燐光が明滅している。俺は魔法使いと戦ったことはない。障壁から出ていって斬りつけても、さっきと同じことになるだろう。体を流れ落ちる雨水の下に、じわりと脂汗が出る。
「フィア、これは何の呪文だ!」
 剣を深く構えながら背後に問う。
「知らないわ!」
 フィアの声は悲鳴に近い。事態が切迫しているのにどうしたらいいのか判らない。自分の顔がだらしなく緩むのが判る。


 こんな顔は見せたくないが、振り向いてさらに問う。
「どうやったら止められる?」
 フィアも同じような顔をして首を振っている。ルメイはその隣でメイスをだらりとぶら下げて目を細め、口を半開きにしている。
「判らない。……わたしは罠師よ?」
 そうだな。その通りだ。俺は剣士で、やれることは一つしかない。剣を振るうのだ。だが視線を死人遣いに戻した時、もはや手遅れであることに気付いた。死人遣いの前に塚人がずらりと並んでいる。女の声はもはや神々しく、金属の喉から発せられるかのように張りつめている。



   どのように彫るか、知っているか。
   どのように描くか、知っているか。
   祈り方を、知っているか。
   殺し方を、知っているか。
   生贄の捧げ方を、知っているか。



 死人遣いの女から薄桃色のオーラが放たれた。呪文を詠唱しきったのだ。とたんに地面に振動がはしった。振動はうねりとなり、やがて地響きとともに、泥のなかから無数の顔が浮き上がってきた。俺たちに許された領域はキャンプの中だけ、その外側の松明に照らされた見渡す限りの地面から、植物がはえるように、塚人の頭が盛り上がってきた。頭の下から肩が、肩の下から胴が出てくる。その数はおそらく百以上。


 塚人たちが地面から全身を出すと、思い思いに唸り始めた。
 体にこびりついた泥が雨で流されると、屍衣に包まれた腐肉がむき出しになる。頭の一部が欠けている者、手首から先が骨になっている者、あばら骨の下に内臓が見えている者。塚人たちの群れはフィアが張り巡らせた光の障壁の間際まで詰め寄ってくる。みな一様にわずかに前のめりになり、思いつめたような顔をして喉を鳴らしている。呪いの森は死人に支配され、俺たちは残された一握りの土地に追い詰められて逃げ場もない。


→つづき

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