廃墟の壁を午後の陽が照らしている。
 結局のところ俺たちはサッコとオロンゾを取り逃がした。しばらく呆然と立ちすくんでいた冒険者たちを、賞金稼ぎのジェフリーが呼び集める。照り返しでまぶしいカオカ遺跡の入り口に、重い足取りの男たちが集まってきた。俺たちは二枚岩の周辺に立ち込める血の匂いを嗅ぎながら、死体を手分けして運んだ。


 死体にはすでに蠅がたかっていたので、生き残った者で手早く埋めてやらねばならない。特に初めに殺された剣士二人は状態がひどく、眠気を誘うような蠅の羽音に包まれていた。俺はちょうど彼らのうちの一人を抱えて、それも頭の側を持ち上げて運ぶ羽目になった。蠅を手ではらいのけようとしたが、後から後から黒蠅が寄ってきて追いつかないのですぐに諦めた。


 死体運びを終えてルメイとフィアに合流した俺は二人の肩に手をまわして背中をたたいた。重装備のサッコと戦ったルメイの肩はこわばっている。フィアの細い肩を抱くと、山賊と戦ったというのが信じられない気がする。フィアの目にはまだ緊張が残っている。
「二人とも無事で良かった」
 互いに黙って頷く。フィアは振り向いてカオカ遺跡の壁を見上げた。さっきまで天頂にあった太陽は少し傾いている。地に落ちた壁の影は林の方へ伸びている。早めに出発しなければ今日は無駄に終わってしまうだろう。しかし共闘した仲間の死体を放って行くわけにはいかない。







「いちおう聞くが、蘇生師か治療師はいないか?」
 重体のドゥッテに覆いかぶさるようにしていたスミスが頭をあげて皆を見渡した。しかし賞金稼ぎの呼びかけに答える者はいない。ここに集まっているのは剣を振り回すしか能のない冒険者ばかりだ。力任せに戦うのが役目でないのは、罠師のフィアと釣り役のマシューくらいのものだ。


 冒険者にとってありがたい治療魔法はマナを操れる種族でなければ自由にならず、エルフやノーム、ドワーフといった種族が担当する。彼らがめっきり減ったこの東岸地方では治療師はほとんどお目にかからない。治療師を同行させているのは高度な依頼をこなしている一級の探索パーティーか、或いは王侯貴族の軍隊くらいのものだろう。


 死者を蘇らせる蘇生師となるとさらに得難い。
 もっとも近くにいる蘇生師はクォパティ寺院にいるエルフの高僧たちであろうが、祭壇を設営したり秘薬を調合するのに大金がかかり、それを支払える冒険者はまずいない。仮に大金を払って儀式を頼んでも必ず蘇生するという保証はない。死体の損壊が激しいほど、死んでから時間がたつほど、蘇生率は低くなる。


「せめて薬草を扱える者はいないか?」
 スミスの問いにフィアが立ち上がる。駆け寄りながら薬草と包帯を鞄から取り出している。フィアは横たわったままのドゥッテの腹の傷を水筒の水で洗い流し、濡れた革鎧が傷口に触れぬよう小刀で切り裂いた。フィアが傷を縫い始めると、そばに立っていた男たちがわずかに目を背けた。スミスに肩を押さえつけられたドゥッテは低いうめき声をあげてのけ反っている。


 賞金稼ぎのジェフリーがのっそりと立ち上がり、鞍に縛りつけてあったシャベルを外した。
「道具を貸すから穴を掘ってくれ」
 冒険者たちはその言葉に思わずたじろいだ。ついさっきまで一緒に狩りをしていた仲間を自分の手で埋めねばならないのだ。男たちはパーティーメンバーが死んだということを今初めて知ったかのような顔をしてシャベルを受け取った。ジェフリーは自分でもシャベルを取って地面に突き立てる。死体の処理をする機会が多いのだろう、その顔には何の表情も浮かんでいない。因果な商売だ。


 冒険者の死体は二体。
 二枚岩でコボルト狩りをしていたジェラールのパーティーの剣士で、サヴィーノとアンドレアといった。冒険者にはよくある事だが、死んだ者たちの家族を知る者は一人としていなかった。武器、防具、財布など、故人にまつわる物は全て山賊に奪われていた。ジェフリーが慣れた感じで死体から髪を切り取って紙に包み、リーダーのジェラールに手渡した。ジェラールは自分の掌におさまった死人の髪を、唇をわずかに歪めて眺めている。


 冒険者だった二人の男の死体は林の脇に掘られた穴に埋められ、土を盛られた。
 スミスが大きめの瓦礫を運んできて足元に置くと、大声でつづりを確かめながらチョークで名前を書いた。こんもりと盛った土の上にそれを据える。それだけで何となく墓に見えた。スミスが一歩下がり、頭を垂れて拳を胸につけた。生き残った者たちはそれにならった。弔いはそれだけだった。







 冒険者の最期はあっけない。
 今朝まで盛大に飯をかき込み、冗談を言って大声で笑っていた男がいまや土の下だ。パーティーメンバーの死を毎日見るわけではないが、少しでも気が緩めばたちまち死ぬ稼業だ。オロンゾの剣を受けそこなっていたら俺もこの穴に埋められていたのだ。


 ついで、山賊の死体を始末する。
 四人の死体をスミスが検分した。人相書きをつづった帳面を持っていてそれをめくりながら手配された男がいないか確かめている。スミスには思い当たる節があるらしく、それほど手間はかからなかった。
「賞金首が二人もいるぞ」
 どよめきが広がり、男たちが寄ってくる。スミスが死体の顔を指さしながら説明する。


「こっちの顔を殴られてる奴は鷲鼻のウーゴ。懸賞金は金貨十枚」
 頬からこめかみまで裂けて赤黒くなっている山賊は、俺がポンメルで殴りつけた奴だ。言われてみれば鷲のような立派な鼻をしている。誰が仕留めた? とスミスに問われ、赤髭のメイローがすっと手をあげた。
「そしてこっちの奴は皮剥ぎのマカリオ。金貨二十枚。こいつに恨みがある奴はゴマンといるぜ」
 年をとった山賊が二人とも賞金首であった。誰が止めを? と問われ、やはりメイローが手を上げた。


「あんた凄いな。俺たちでも手こずる相手だぜ」
 スミスが片方の口の端をぐっと上げて笑い、メイローのがっしりとした肩を叩いた。赤い髭を撫でていたメイローは首を振ってみせた。
「いや、セネカがオロンゾを抑えてくれていたから──」
 メイローが俺の名を出したので慌てて口を開く。
「若い山賊の二人はジェラールが仕留めていたぜ!」
 振り向いたスミスが、そっちの若い山賊たちは見たこともないがな、と言って苦笑した。その手に持った帳面に手配されている俺の似顔絵があるかもしれないと思うと気が気ではない。


 ジェラールが自分の手柄だと吹聴するかと思いきや殊勝なことを言い始めた。
「俺が倒した二人はあんたが初手をつけてた」
 そう言って俺を見ている。
「実は俺たちは共闘の約束をしていてな!」
 ジェラールの言葉に重ねて大声を出すと、スミスが不審そうに眼を細めた。俺は余計なことをしているのかもしれない。変な間ができたところにウィリーが助け舟をだしてくれた。ウィリーは付き合いが長いので、俺がこういう時に目立ちたくないことを知っているのだ。


「そう、俺たちは共闘の誓いを立てていた」
 ウィリーは話に割って入りながら一瞬だけ物問いたげな視線を投げてきた。以前、同じパーティーで狩りをしていた頃にも似た場面があってウィリーにだけ勘付かれた。その日の夜、他のメンバーが寝静まった頃に声をかけられた。目立ちたくない訳でもあるのか、と。その時ははぐらかしたが、ウィリーは鋭い。


「最初に取り決めをしていた」とウィリーは言った。「誰が止めを刺したかにかかわらず懸賞金はパーティーで三等分しようってな」
 スミスがほう、と言ってウィリーを注視した。それからちらっと賞金稼ぎの仲間であるジェフリーと視線をかわす。黙って話を聞いていたジェフリーが両手を上げて俺たちを見渡した。鎖帷子の袖がジャラジャラと鳴る。
「今回、俺とスミスは一人もやってない。懸賞金はお前たちで分けたらいいさ」


 ジェフリーは不満そうな顔はしていない。おどけて笑っているようにさえ見える。だが気味がわるい。
「腹を切られた奴は歩けそうにない。槍が二本あるから即席の担架を作って街まで運んだらいい。寺院まで運べば手当してくれるぜ。交代で運ぶのに四人はいる。やってくれる奴はいるか?」
 ウィリーのパーティーメンバーからトーリンとメイローがさっと手をあげた。遅れてジェラールとマシューも。
「あんたは腕を怪我してるが、歩けるか?」
 ウィリーがすぐに頷いて答える。
「歩ける」


 赤い斧が描かれた盾を背負ったジェフリーが改めて俺たちをぐるっと見回した。
「これから山賊どもも埋めなきゃならんが、こいつらの扱いは俺たちに任せてくれるか?」
 冒険者たちは一様に頷いてみせた。
 ジェフリーの眼光は鋭い。こうして狩場にいる冒険者のパーティーの中に混じれば、今日みたいにすんなりまとまる日は少ないのかもしれない。分け前のことでごねるアルゴンのような男もいる。ああいう奴は利害がからめば何を言い出すか判らない。


 ジェフリーはちらっと山賊の死体を見下ろした。今や蠅の羽音は幾重にも重なって響いている。
「こいつらに仲間を何人もやられた」
 ジェフリーが死体を見下ろしながら唇を舐めた。何かを思い出して吟味するような顔をしている。
「だが俺たち赤い斧はやられたらやり返す。あんたらも覚えておいて欲しいんだが、山賊どもに安息の眠りはない」
 ジェフリーは手刀で空を切り、言葉を区切るようにしてきっぱりと言い添えた。
「絶対にだ」


 その言葉の意味に気付いて暗い気持ちになる。山賊に生まれつく奴はいない。この山賊たちも、元は俺たちのように冒険者のパーティーの中にいた奴らなのだ。ジェフリーが重い口を開く。
「厭な仕事だが、俺はこれから山賊たちの死体を検めて盗まれた金を取り戻す。防具はくたびれていて使い物にならんから一緒に埋めるが、武器は回収する。懸賞がかかってる奴の首は切落として街まで運ぶ。衛兵に渡して、二人ともメイローが倒したと報告する。賞金は一旦メイローに渡されるが、その後は好きに分けたらいい」


 腰に吊るした長剣の柄頭に両手を乗せたジェフリーが、リーダーであるウィリーとジェラール、そして俺の顔を順に見た。
「あんたらが自分で倒したんだ。もし異論があるなら──」
 ウィリーが左手を上げて返事をした。
「助けに駆けつけてもらった上に慣れない仕事を引き受けてくれて有難い話だ。共闘してるリーダーを代表して俺が礼を言う」
 右腕を包帯で首から吊ってはいるが、ウィリーも決して甘い顔はしていない。頭髪をごく短く刈り込んでいて贅肉がないので、話すたびにこめかみが動くのが見える。


「山賊たちのことは賞金稼ぎのあんたらに任せる。山賊の死体から出た金はここにいる全員で山分けしよう。それと山賊たちの武器はあんたらに預ける。売るなり使うなり好きにしてくれ」
 スミスとジェフリーが安心したような顔で頷いた。大勢の前で配分を決めるのは度胸がいるが、互いに納得できる線をウィリーが決めてくれたのだ。山賊たちが幾ら持っているかは判らないが、武器はそれなりの値で売れるだろう。山賊を一人も倒してないとはいえ、賞金稼ぎたちが来なければどうなっていたか判らない。下手をすれば全滅していたかもしれないのだ。加勢に来てくれた二人を手ぶらで帰すわけにはいかない。


 ジェフリーが手慣れた手つきで山賊たちの死体を調べた。それぞれ懐に革袋を幾つか持っていて、それらは大きめの瓦礫の上にきれいに並べられた。袋はけっこうな重さがあって、置くときにジャリっと硬貨の音がする。
 スミスは山賊たちの武器を集め、ぼろ布で血を拭った。片手剣が二本と両手剣、戦斧の四つの武器を、重さのバランスを取って二つにまとめて縛っている。それを馬の鞍の両側に縛り付けた。手順を尽くす賞金稼ぎたちのやり方を眺めながら、祖父の葬式を仕切った葬儀屋の手並みを思い出した。


 ジェフリーが山賊の革鎧の内側に何かの紙片を見つけて引っ張りだした。破かないように丁寧に扱っている。紙を取り出すと、蠅を手で払いながら目を細め、何が書いてあるかじっと眺めた。その顔に失望の色が浮かぶ。ジェフリーが手首だけでぱっと紙を投げ捨てると、それは風を受けて生き物のように地面を転がった。足元で止まった紙をマシューが拾い上げ、自分でも見たあと、苦笑を浮かべながら皆に見えるように広げてみせた。折った角が擦り切れるくらい古いバロウバロウの版画だ。スミスがふんと鼻を鳴らし、人殺しが信心か、と呟いた。マシューは紙を折りたたみ、地面に横たわっている元の持ち主の革鎧の下に滑り込ませた。


 思わずイルファーロがある方の空を見上げた。
 もちろんそこに龍の姿は見えない。薄曇りの雲の合間から午後の陽が顔を出しているだけだ。人間どもの陰気な儀式から目を上げれば、爽やかな春の空が広がっている。そういえば今頃はニルダの火がクォパティ寺院から市長の元へ返されている頃だろう。


 ジェフリーが剣から片手を離し、額に、ついで胸に指をあてて司祭の真似事をした。
「坊主でも墓守でもない俺が山賊の首を取るぞ」
 ジェフリーが両手で剣を握り直し、足場を確かめる。スミスが鷲鼻のウーゴをうつ伏せにして胸元に大きめの石を据え、髪を掴んで首を持ち上げた。
「呪わば呪え! 受けて立つ!」
 真横に立ったジェフリーが頭上に構えた長剣を振り下ろす。何人かが目を逸らしたが、俺は剣の当たる瞬間にジェフリーが刃を手前に引くのを見届けた。バツンと音がして見事に一刀で首が切れた。どす黒い血がぼたりと落ちて糸を引く。フィアがそっと顔を背けた。


 スミスはウーゴの首を脇に置くと、首のない死体をどかしてそこに皮剥ぎのマカリオの死体を持って来た。この二つの首が金貨三十枚になるのだから、受け取らない手はない。首を切落とすのは難儀だが、死体を二つも運ぶのはさらに難儀だ。確かに厭な仕事だが、こうするより他なかろう。マカリオの首も、ジェフリーが一太刀で切り離した。


 スミスとジェフリーが山賊たちの死体を順に穴に落とした。一人だけ足が穴から出てしまったので脇に手を回して穴の底に納めている。スミスが穴から出ると、冒険者たちがシャベルで次々と土をかけた。やがてこんもりと土が盛られる。そこにスミスが墓石代わりの瓦礫を置いた。無骨な字で「無法者」とだけ書いてある。







 平らな瓦礫の上に並べられていた山賊たちの革袋をジェフリーが開く。
 袋の底をつまんで全ての硬貨を取り出すと、銀貨が百十九枚、銅貨が四十二枚あった。陽光にさらされて銀貨は白々と光っているが、何枚かには乾いた血がこびりついている。命のやり取りの代償として十分なのか、なんとも言いようがない。


 ジェフリーが平らな面で株分け配りを始めた。
 算術が出来ない冒険者でも公平に山分けが出来るように考えられた分配法だ。今、この場に十三人いる。賞金稼ぎが二人、ウィリーのパーティーが四人、ジェラールのパーティーが四人、うちが三人だ。まずは銀貨を円形に十三枚配置する。そこに時計回りに銀貨を一枚ずつ足していく。銀貨九枚の山が十一と、銀貨十枚の山が二つ出来た。


 その次に銀貨を配る予定だった山から銅貨を配っていく。銅貨を配り終わったところで、最後に銅貨を置いた場所の次の山をジェフリーが取った。さらに次の山をスミスが取る。一番もらいが少ない山だ。そして働きが少なかったと思う奴から順に硬貨の山を取って行く。俺の手元には銀貨九枚と銅貨三枚が来た。ルメイとフィアも同じだけ取った。最後に残った山、つまり怪我をして立てないドゥッテの分を、預かるぜ、と言ってウィリーが取った。


 スミスは腰に吊るしていた縄で山賊の頭を十字に縛ると、生首を馬の鞍に括り付けた。そのまま鐙に足をかけて騎乗し、手綱を捻ってこちらを向いた。
「街に着くまで安心出来ない。先頭に俺が、殿にジェフリーが付く。怪我人を担架で運ぶのでゆっくり進むが、暗くならないうちに街に戻ろう」
 スミスが先に馬をまわすと、その後ろにドゥッテを乗せた担架を担ぐトーリンとメイローが続いた。ジェフリーも馬に乗る。


 ルメイとフィアが俺の顔を見た。連中と一緒に街へ戻るわけには行かない。
「すまんが俺たちはここで別れる。ここへ来るのに身を軽くしたくて、遺跡の中に荷物を置いてきてる」
 街道に進み始めた一行が振り向いた。
「そうか、それなら仕方ない。急いで来てくれてありがとうな」
 ウィリーが一行を代表して挨拶してくる。
「お前の分の懸賞金は俺が預かっておく。この次会った時にでも渡すさ」
 ウィリーは信用できるので何の問題もないが、冗談を言いたくなった。
「飲んじまわないようにな!」
 ウィリーたちが笑って歩き始めたが、すぐに立ち止まって振り向いた。
「そうだ。ここで共闘は一旦切るぜ。気を付けてな」
 ウィリーが左手で剣を抜いて掲げた。俺も剣を抜く。ジェラールも慌てて剣を抜いた。剣を打ち合わせるのは省いた。


「それじゃ、急ごう」
 俺たちはカオカ門まで急ぎ足で戻り、門の向こう側を覗き見ながらそれぞれに武器を抜いた。まだ日は高いが、取り敢えず荷物を確保しなければ落ち着かない。サッコとオロンゾがどこへ逃げたかは知らないが、まさかこの辺をうろついていることはあるまい。連中は剣士二人分の装備をそっくり抱えているのだ。


「とんでもない目に会ったな」
 ルメイがやっと終わったという感じで溜息をついた。
「セネカが引っくり返った時はほんとに焦ったのよ」
 フィアが手の甲で俺の脇腹を叩いてきた。
「二人とも危ない目に会わせてすまなかった」
 遺跡に入る前に、二人に頭を下げた。ルメイが俺の肩をぽんぽんと叩く。
「山賊を四人も退治できたから、結局は良かったと思う。いつかあいつらに不意打ちされるより余程いい」
 ルメイがそう言うと、フィアも頷いてくれた。


 いくらか手抜きの警戒ではあったが無理もない。
 今日だけでカオカの入口から遠見の丘までの道を三回も往き来しているのだ。途中でモンスターを見かけることも無かったし、山賊にでくわすことも無かった。俺たちは緑の丘を駆け上がり、崩れた東屋に向かった。
 色とりどりの布地で作られた天幕の下に入ると、竈には燃え残りの薪が見えた。ここで昼飯を食ったのが昨日のことのように思われる。すぐに裏手に回って瓦礫の山に取りついた。剣を納め、苔むした石をむしり取るようにしてどかす。荷物、荷物、俺たちの荷物。


「あった、良かった」
 フィアが自分の背嚢を引き上げて抱きしめ、指先でとんとんと叩いている。ルメイが自分の背嚢と俺の分を取り出してくれた。だが俺は身動きが出来ずにいる。ルメイが荷物を受け取らない俺を覗き込むようにして見ている。その様子が、脳裏の小さな窓に切り取られたかのように見えている。
 瓦礫のひとつに触れた瞬間、目の前が真っ暗になって別の世界に立たされていた。



→つづき

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