オオルリコガネの捌きはルメイに任せ、俺はほら穴の正面、アリア河の支流を跨いだ先にある小さな林で薪を集めることにした。わざわざ鉈で枝をはらわずとも枯葉に混じって細枝が幾らでも落ちている。この辺りはしばらく雨が降っていないらしく、枯葉も枝も乾ききっている。よく燃えそうな薪が大量に手に入り、実に好都合だ。
 俺の周りではフィアが跳ね上げ式の罠を仕掛けて回っている。この辺りに近寄ろうとする者は、フィアの張り巡らせた罠を幾重にも越えて来なければならないだろう。


 振り向けば岩場の下でルメイが虫の甲羅にノミを打ちつけているのが見える。申し訳ないが道具が一式しかないので手伝ってやれない。黙って見ているわけにもいかないので、薪を集める役を買って出たのだ。明日の朝までの燃料になるし、この次に来る時も使えるので幾らあっても無駄にはならない。
 オオルリコガネを狩り、薪を集め、外敵への備えとして罠を張り、生活に必要な物をほら穴に溜めこんでいる。これはまさに開墾ではないか。たった三人ではあるが、俺たちはこの土地を切り拓いているのだ。


 大きな束にした薪をしゅろ縄で結わい、一息ついて背を伸ばした。
 フィアは木の生え方や方角を気にしながら暫く歩き回り、ここと決めた場所に格子状の罠網を置いている。そばにある樹木にするすると登り、太めの枝にロープを引っ掛ける。地面に降りてロープに体重をかけて引きおろし、固定したフックに止める。ロープの先は罠網につなげ、フックを外すための別の細紐が罠のそばを通って引かれる。その細紐を足に引っかけると、罠網が空中に跳ね上がる仕組みのようだ。フィアは罠の設置によほど手慣れているとみえ、きびきびとした動きだ。


 フィアが幾つかの罠を仕掛け終え、背を伸ばして小手で額の汗をぬぐった。こちらを見て声をかけてくる。
「こっちの林はもう歩かないでね。罠網にかかっても死なないけど、下ろすのに手間がかかるし、怪我することもあるから」
 俺はフィアが罠を仕掛けているところをずっと見ていたが、もうそれがどの辺りか判らなくなってしまっている。上手に隠すものだ。
「そうだな。うっかり歩くと罠に引っかかりそうだ」
 フィアが残りのロープをまとめ始めた。
「それじゃ私も薪拾い手伝うよ」


 陽が高く登り、革鎧の下に着ているキルティングの布服がじめっとしてきた。ずっと体を動かしているので汗が額を流れ落ちる。イルファーロの宿で風呂に入ったのが思い出される。街に戻るまで、あと数日は湯に浸かれそうにない。首のあたりをぼりぼり掻いていたらフィアに笑われた。
「一休みしましょうか。水と薪が自由になるから、お湯を沸かして体を拭いましょ」
「それはいいな」
 大きな薪の束を二つずつ持ってルメイのいる崖下まで取って返した。跳躍して渡った小川は水深が脛までしかなく、雪解け水がまじって冷たいのでそのまま体に使う気になれない。


 ひと仕事終えた顔をして崖下まで来ると、まだ手つかずのオオルリコガネを何十匹も並べたままルメイが両手を上げてみせた。半分も終わっていない。
「けっこう手間取ってる」とルメイは渋い顔だ。
「数が数だからな。しかしこれだけ並ぶと圧巻だな」
 俺はその場にしゃがみこみ、磨かれて地面に置いてあるオオルリコガネの甲羅をしげしげと眺めた。さっき一枚見ただけでも心を動かされたのに、それが地面にびっしりと並んで陽光をキラキラと反射している。


「これだけ粒揃いの虹羽根は俺も初めてみるよ」
 そういえばこの甲羅は虹羽根と呼ばれるのだった。こいつを売って儲けようとするのだから、それくらいは覚えないといけない。後から来たフィアが俺と並んで腰を下ろすと、薪をそばに置いて虹羽根を一枚手に取った。あちらへこちらへと傾けながら日光を反射させている。
「磨くと本当に綺麗に光るわね!」
 フィアの言葉にルメイが満足そうな顔で頷いた。イルファーロの酒場で初めてフィアに会った時、一緒に虫を狩らないかと誘われた。あの時はほとんど断ろうとしていたのだが、フィアを信じて付いて来て良かった。


 何の縁で結ばれたのかは知らないが、流れ者に等しい冒険者三人が、意気投合してこんな辺境まで死なずに旅をしてきたのだ。狩りの成果を前にして達成感が湧いてきても不思議ではない。ただしこの宝物を街で売るまでは安心できない。帰り道の心配をしなければ。
 フィアが虹羽根を足元に置き、薪を両手に立ち上がった。
「小休止しましょう。薪がたくさん取れたからお湯を沸かして体を拭くの」
 そう言って背嚢に薪を括り付け、崖下の急な斜面を登り始めた。その後を追って俺も崖を登った。ルメイは小川まで走り、革で出来た水袋にたっぷりの水を汲んでからほら穴に登ってきた。


 ほら穴の壁に積み上げられた四つの薪の束を見て心強く思う。乾ききっているので細枝の先端が物に当たるとパキッと折れる。これだけの薪があればしばらくはここで暮らせる。食い物があればの話だが。
 俺は手作りの棚に並べてある小さな壺や箱の蓋を開けてみた。それらは色も形もばらばらで、真っ黒い溶岩の空洞にいる身としては愛着を覚える。女たちが小物屋で楽しそうに時間をつぶすのを辟易しながら待ったことがあるが、今ならその気持ちが判る。生活の用を果たすそれらの小物は実に可愛い。


 肝心の中身。
 干し肉が少し。これは腹がくちくなるほどの量はない。出し汁をとるのが精一杯だろう。パスタが一握り。三人で食うには物足りない。乾燥させた豆が幾らか。煮ればいいスープになるだろうが、あしゆき齧ることになるかもしれない。硬そうなチーズがひと欠片。これは削って味付けに添える程度か。この白いのは小麦粉かな。これは沢山ある。砂糖や塩といった調味料はほぼ買った時のままといって良い。他にもオリーヴオイルやワインが瓶の半分以上残っている。


 食料の残りを確かめていると、丸石に腰かけていたルメイが口を開いた。
「そういえば食い物は残ってるの?」
 フィアは薪を足して盛大に火を起こしているところだったが、ちらっとルメイを振り返った。
「粉がたくさん余ってるからビスケットを焼こうと思うの」
 ルメイが反射的に、いいね、という。
「おやつじゃないのよ」
 フィアが火加減をしながら笑っている。
「街に帰るまで、主食はビスケットになりそう」
 もう少し肉や野菜を持ってくれば良かったと思うが、たやすい事ではない。これ以上の荷物を持ったら体がもたないし、日持ちのするものでなければ傷んでしまう。


 大きな鍋に湯が沸き、清潔なタオルが用意された。フィアは水の入った別の鍋に少しずつお湯を足しながら温度を確かめている。フィアが垂れていた髪をまとめて紐できゅっと縛り、愛嬌のある顔を傾けた。
「ちょっとの間だけ外にいてもらっていい?」
 俺とルメイはあっと声をあげてほら穴の外に出た。ルメイと並んで崖を背に腰を下ろすと、中から水を使う音が聞こえてくる。フィアは沐浴中のようだ。


 俺は根っこのところで動物であり、種族は人間、性別は男である。人間の男といえば節操のない性欲の塊のように言われるが、自分の胸に手を当ててみて、あながち間違っているとは言い切れない。大陸で最も数が多いのは人間族であり、いまやエルフやドワーフ、ポークルといった種族は希少な気さえする。
 しかし個体差というものがあって、俺は野蛮人とは違う高尚な文明人である。さらに言えば粋を理解する人生の玄人だ。若い女の肢体は見てみたいが、パーティーメンバーならやめておこう。


 午前の陽を受けた森が目の前にひろがっている。この旅の中で、何もせずに待つ時間というのは初めてだ。とても静かで、どこかで鳴く鳥の声がかすかに聞こえてくる。
 ほんの数日前まで俺とルメイは二人組のパーティーで、カリグラーゼの林に二日おきに通っていた。そういう暮らしを二年近くしてきたが、その日々をほとんど覚えていない。一方で、フィアを仲間にしてからの旅は一生忘れられそうにない。俺は自分がこんな場所まで来れるとは思っていなかった。一人ならとっくに死んでいるだろう。
 自分では、野営するのが面倒だから近場に通っていると思っていた。だがそうではなかった。俺とルメイには野営する技術がなかったのだ。フィアと行動を共にしてみて初めてそれが判った。


 小石を拾って投げる。
 フィアが作った架台に火の消えた松明が刺さっていて、それを狙っている。だがなかなか当たらない。俺の様子を横目で見ていたルメイが何か言いたそうである。俺はなんとなく小石を投げながらルメイの方を見ずに声をかけた。
「俺たちは冒険者としては半人前だったようだな」
 眼の隅に映るルメイはじっとしている。
「セネカが半人前なら、俺は新米もいいところだな」
 モンスターを倒すという意味では、ルメイは確かに新米に近い。だが一片の疑いもなく背中を任せられるという意味では心強い。思えば出会った日から、俺はルメイを一度も疑ったことがない。


「俺は剣を振り回すことばかり考えて、リーダーとしては失格だったよ」
 お互いに思う所があって、二人して思わず黙り込んだ。そこへ元気いっぱいなフィアが顔を出した。
「お先にさっぱりさせてもらったわ! お二人さんもどうぞお湯を……」
 どんよりとしている俺たちを見て、フィアの言葉が途切れた。
「どうしたの? まさか覗いてた?」
 ルメイがのっそりと立ち上がり、僕たちは紳士ですよ? と言って入れ替わりにほら穴の中に入っていった。


 からかい顔をしたルメイの後ろ姿を、フィアが首をまわして見送った。そのフィアの肩をぽんと叩く。
「腹が減ってるのさ。後でビスケットをたくさん焼いてくれ」
 フィアが、え? と声をあげると、既にキルティングの布服を脱ぎ始めていたルメイが手を止めて、違うわ! と怒鳴った。
 フィアは暫く俺とルメイを見比べていたが、やがて疑問を投げ出し、小さな荷物を背負って崖を下り始めた。
「川で洗濯してくるけど、竈の火は消さないでおいて」
 わかった、と答えて俺も服を脱いだ。


 俺とルメイが体を拭き終わった頃、フィアが洗濯物を手にして帰ってきた。目立たないように窪みの奥に干している。頭を低くして窪みから出てきたフィアが俺たちを見上げた。
「洗濯するなら石鹸貸すわよ」
「虹羽根を売った金で真っ先に服の替えを買うことにするよ」
 ルメイの返事を聞いたフィアが眉根を寄せた。
「替えが無くて不便じゃないの? 洗濯して服が乾くまでどうしてるの?」
 ルメイが芝居がかった素振りで指を振ってみせた。
「俺たちのパーティーには年頃の娘さんはいなかったんでね」
 フィアは可笑しそうに吹き出し、窪みから這い出して竈に薪を足した。炎が大きくなってパチパチと爆ぜる音がする。


 俺とルメイは不器用ながら、フィアがビスケットを作るのを手伝った。
 まずはフィアが拾ってきた椎の実の帽子を取り、フライパンで炒る。熱々の木の実をルメイが石で割って殻を外す。どこにも穴が開いてないのを確かめたのに、五つに一つは小さな白い芋虫が入っている。食べようと思えば食べられるのよ、とフィアは言うが、ルメイは何も言わずにほら穴の外に放っている。ルメイは剥き出された灰色の果実を平らな石ですり潰した。


 俺はオリーヴオイルに砂糖と塩を入れたものを粗朶の棒でよく掻き混ぜた。その油を、フィアが足で抱えている器に少しずつ垂らす。フィアは小麦粉と油を、指を開いたままそっとかき混ぜている。そんなふわふわとした混ぜ方で良いのだろうか。腕を突き出して、俺が捏ねるか? と訊くと、フィアは薄笑いを浮かべて首を振った。何かこつがあるのだ。フィアのやることを黙って見届ける。ルメイの仕事も一段落した様子で、砕いた椎の実を少しずつ混ぜていく。


 竈の上には平らで薄い岩が乗せられている。両手さしわたし一杯ほどもある細長い岩だ。その薄岩の下から炎が溢れるように立ち上がっている。フィアが試しに岩の上に水滴を垂らすと、ジュッと音がしてたちまち蒸発した。
 出来上がった生地をスプーンで掬い取り、熱された岩の上にぽてっと乗せていく。フィアがスプーンの先をコンコンと叩きつけるのをじっと見詰めた。何故か判らないが、ここに幸福があるような気がする。フィアは何十枚ものビスケットを次々と押して形を整えた。ついで、尖らせた木串でプツプツと穴を開けている。


 ルメイが退屈で舟を漕ぎだした頃、ほら穴の中はビスケットの焼ける香ばしい匂いで満たされた。寝るなよ、と言ってルメイの腕を叩く。
「いい匂いがするな」
 目覚めたルメイがくんくんと鼻を鳴らす。この太古の森でビスケットを焼いたのは俺たちが初めてなのではないか。そう思えば気分もあがる。なんなら「呪いの森とビスケット」という詩をひとくさり吟じても良い。いや、やめておこう。呪いの菓子みたいで興がそがれる。
「バターがないからちょっと物足りないけど、美味しそうに出来たわ。粗熱を取るからちょっと待っててね」
 フィアが粗朶を器用に使ってビスケットを板の上に移した。その板を風通しの良い場所に置く。そのうちの大半はそっと紙に包まれてフィアの背嚢に納まった。


 フィアが砂糖入りの紅茶を淹れてくれた。
 俺たちはほんのり温かいビスケットを三枚ずつもらった。不恰好で大きめのビスケットだが、椎の実の欠片が香ばしくて味がいい。熱い紅茶と一緒に胃に流し込むと、空腹は凌げた。フィアは食後に飴を一つずつ配ってくれた。物足りなくないと言えば嘘になるが、これが俺たちの、その日の昼食になった。
「ちょっと休憩したら皆で虫を捌いちゃいましょう」
 フィアが竈のそばで片付け物をしながら歌うように言う。ビスケットがうまく焼けて上機嫌のようだ。
「そうだな。雨が降りそうもないからのんびりしてられるけど、雲行きが怪しくなったら虹羽根は全部ここに上げないといかん」
 あの売り物は濡れたら台無しになる、という。


 帰り道は荷が軽くて気が楽だと思っていたが、そうもいかないようだ。
「嵩張って濡らせない物を運ぶとなると、帰り道も大変だな」
 思わず声に億劫さが出てしまう。フィアは口の片側だけぐっと力をこめて俺を見返した。その顔は、仕方ないよね、と言っている。
「なあに、来る時よりはるかに軽いし、雨に降られなければ大丈夫さ」
 ルメイが壁に背を預けて溜息をついたので、寝るなよ、と釘を刺した。ルメイは心外そうな顔をして、わかってるよ、という。
「狩りに失敗して手ぶらで帰るより余程ましよ」
 フィアは晴れ晴れとした顔をしている。


「その通りだな」
 俺は努めて明るい顔をして答えた。数が少なくなったコボルトを追ってカリグラーゼの林を何日もうろついていた頃と比べたら遥かにましではないか。ルメイもフィアの言い分に頷いた。
「俺たちは言われた通りに狩ったまでだが、フィアはまるで虫狩り職人だな」
 ルメイの言葉にフィアは嬉しそうに笑った。
「わたしは罠師よ。これ位の狩りなら……」
 照れて俯いたフィアの目が突然かっと見開き、危険を察知した鹿のようにほら穴の外を見た。俺とルメイも物音に耳を澄ませた。木の葉がばさっと払われるような音がして、何かが低く唸っているのが聞こえる。


 三人ともほら穴を出て足場のところから森を見下ろした。
 さっきフィアと薪を拾っていた林に動くものがある。跳ね上げ罠がひとつ作動して剛毛に包まれたモンスターが空中で揺れている。グルルルルという低い唸り声がここまではっきり聞こえてきた。
「コボルトか?」とルメイ。
「もっと大きい。ワーウルフだわ」
 コボルトは人間より一回り小さいが、今眼下で罠網にかかって暴れているモンスターはルメイよりさらに大きい。ワーウルフは灰色の毛並みを乱し、罠から逃れようとして手足をばたばたと動かしている。


 目を細めて確認していたフィアがさっとほら穴に戻って剣帯を締め始めた。俺とルメイも無言で装備を整えた。剣帯を腰に巻き、剣を吊るし、丸盾の帯を背負って背中に回す。小手をはめ、胸元の短刀を確認してほら穴の外に出た頃には、フィアは既に崖をなかばまで降りている。一人で狩る積りだろうか。
「待て、フィア、ワーウルフは無理だ」
 俺は小声に力を籠めてフィアを止めようとしたが、フィアは一瞬俺を見上げただけでどんどん下へ降りて行く。
「俺が行くまで待て」
 さらに声をかけるが、フィアは止まらない。ワーウルフは素早くて力がある。オオルリコガネとはわけが違う。咬まれれば女の腕など咬み千切られてしまうし、爪の一振りで深い傷が出来る。俺は大股に走ってフィアの後を追った。


 罠から二十歩ほどの所まで近付くと、ワーウルフが怒り心頭の唸りを発しているのが判った。木の枝からぶらさがった罠網に絡まっていて、網の外に出た片腕をぐるぐる振り回して掴む場所を探している。俺たちに気付いた様子で、唸り声には威嚇の色が強くなった。灰色の剛毛でごわつく顔面に幾重にもしわが寄り、黒目がちな目が細められている。狼の顔にわずかに人の面影があり、気味が悪い。


 フィアは背に担いだ弓を取って一端を地につけ、体重をかけてたわめた。弦を張ってビンと弾き、張り具合を確かめている。そんな小さな弓でどうしようというのか。いざとなったら短剣が抜けるように体の前に出た柄を押し下げている。フィアの背後で短剣の鞘がぐっと持ちあがった。一人でやる気だ。背後から声をかけようとすると、機先を制してフィアが鋭く振り向いた。


「わたしがやるわ」
 フィアの瞳には動かし難いものがある。しかし体格差を考えたら余りにも危険だ。俺が片手を伸ばして何か言いかけると、フィアが目を細めてぐっと睨んできた。
「これは出会い頭じゃない。あいつは私たちの狩場に入ってきた獲物よ」
 フィアはそう言い放ち、俺から視線を外してワーウルフに正対した。背中の矢筒から矢を一本取り、もはや獲物が近いのですり足でにじり寄っている。狩人の動きだ。


 俺は背中に回していた丸盾を体の前にもってきて左腕で固定した。接近戦に備えて剣先を水平に構え、脇をしぼった。後から追いついてきたルメイを振り返ると、大丈夫なのか、と目で問うてくる。俺は短く頷いた。
 フィアの左斜め後ろに付いて背後を補佐した。ルメイは右側から回り込んでいる。ワーウルフは罠に絡まっている所へ人間が近づいてくるのを見て慌て、体を大きく揺すっている。ロープを支えている枝がわさわさと揺れる。
 フィアが立ち止まり、腰に提げている革の小箱の蓋を開けた。小箱の中にさらに蓋があるようで、それも開けている。矢尻をクイッと下げて小箱の中にそっと沈ませる。出て来た矢尻がわずかに黒く光っている。


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