殺された冒険者たちの、血塗られた受注票だ。
 サッコとオロンゾは冒険者を襲って金品を巻き上げ、装備をひん剥き、そのうえパーティーのリーダーが持っている冒険者協会発行の受注票を記念に蒐集していたのだ。それらのコレクションはそのまま、山賊に殺された冒険者のリストでもある。これは凶行の記録であり、まごうことなき殺戮の証拠だ。


 受注票は掌より少し大きいくらいのサイズに揃えて裁断されており、罫線で仕切られた欄に摘要がびっしりと書いてある。武骨ながら書きなれた文字で、これはドルクの筆跡なのだろう。親指より厚いその紙束は、角に穴を開けて糸で綴じてある。なんとなく持っていたのではない。明らかな意図をもって集めていたのだ。俺はそれをフィアから受け取って自分でも目を通してみた。俺の手元をルメイとフィアも目を細めて見下ろしている。


 探索依頼受注票。
 仲介者はイルファーロ冒険者協会、会長ドルク。依頼人は公認両替商アンスガー・ブルーンス。依頼品はチコル城址の装飾品、絵画、宝石、文書、書籍、刀剣など骨董品の類。報酬はその買取りで、金額は品質による。期限は特になし。重複依頼あり。
 請負人はアリスン・ダーナ・ロック。及びその補佐にあたるパーティーメンバー、ウィリー・マードック、ロニー・クレイ、イーサン・ドーンダーズ、サンドラ・ダイアー、アルゴン・バッソ。


 いきなり古巣のパーティーに出くわした。俺が抜けた後も、一人補充してこのメンバーで探索を続けていたのだ。
「もともと俺がいたパーティーだ」
 そう言って紙束を突きだすと、二人がさらに顔を寄せてきた。受注票にこびりついた血糊は、これを持っていたロック隊長のものだろう。ロックはいつも受注票を胸の隠しに入れていた。俺はその赤茶色の染みを指でなぞって目を細めた。お宝と酒と女が好きだったロック。今頃はチコル城址のどこかで骨になっているのに違いない。軽率な男ではあったが、憎めない奴だった。
 ロックの追想に耽っていた俺は、紙束の隅が反り上がっているのに気付いてそこから指を離した。嫌悪に顔が歪む。おそらくはオロンゾあたりが寝る前にでもめくって眺めていたのだ。


「ウィリー・マードックって、あの腕を怪我したウィリー?」
 ルメイが顔を寄せ、手書きの文字を読みながら聞いてくる。俺は顔を歪めたまま小さく頷いた。
「その通り。カオカ遺跡で共闘して賞金を預けてある、あのウィリーだよ。そしてロニー・クレイはフィアに会う直前に酒場で話をした陽気な男。今は黒鹿亭で住み込みの雑用係をやってる筈だ。アルゴンは杖使いで、その三人だけが街に逃げ帰った。残りは皆やられちまった」
 死んだ奴のリストと思えば目を逸らしたくなるが、血で汚れた受注票をついめくってしまう。


 討伐依頼受注票。
 仲介者はイルファーロ冒険者協会、会長ドルク。依頼人はクォパティ寺院、司祭リベルト。討伐対象はイルファーロ大橋の南東一帯のモンスター。報酬はツノムシ銅貨五枚、コボルト銀貨二枚、ズールー銀貨五枚など。定められた通り、体の一部を持ち帰ること。期限は特になし。重複依頼あり。(街を守る冒険者たちに祝福あれ)
 請負人はブラッド・リンチ。及びその補佐にあたるパーティーメンバー、ゲイル・フォルタン、ルネ・ブロー、ヨーゼフ・バラポー、クルト・イェッセル、アルゴン・バッソ。


「アルゴンて人はよほど強いの?」
 ルメイの反対側から受注票を覗いていたフィアが訊いてくる。アルゴンの名前が何度も出てくるのでそう思うのだろう。
「いや。逃げ足の速い杖使いだよ。どうやって手に入れたのか知らないけど魔法の杖を持ってて、自分を特別な存在だと思ってる。いつも不満たらたらで、分け前を多めに寄越せとごねる欲張りな奴さ」
 フィアがふうんと言って頷く。
「杖使いなら、いつも最後尾にいるからかしらね」


 話を聞いていたルメイがふと顔を上げた。
「イルファーロの酒場で募集を出してた奴だな。杖使いだったか」
「そうだな。俗に『火の玉』って呼ばれる杖を持ってた。拳くらいの火球が二十歩くらい先まで飛ぶから杖の品質は良い方だ。ただ本人は俺たちと同じ人間だから、マナを自在に操る魔法使いとは違う。ただの棒っこ振りだ」
 アルゴンの話をしているうちに、奴の嫌味な顔を思い出してきた。貴族の真似をして金髪を肩まで伸ばし、丁寧に梳ってカールさせていた。疑り深い目をした男で、俺はどうにも好きになれなかった。その面相を振り払うように紙をめくる。


 収集依頼受注票。
 仲介者はイルファーロ冒険者協会、会長ドルク。依頼人はダックス皮革店、店主イメルダ・ビセンテ。依頼品はワーウルフの生皮(コボルトでも可)及び虹羽根で、受注は狩場で下処理の出来る者に限る。報酬はその買取。ワーウルフは銀貨四十枚、コボルトなら銀貨二十枚、虹羽根は銀貨十枚。ただし生皮は目立つ場所に瑕疵のないもの。虹羽根は小楯板を残すこと。期限は特にないが夏季には生皮の買取はしない。重複依頼あり。
 請負人はヴィーベ・レノイ。及びその補佐にあたるパーティーメンバー、ラルス・ヴェイフィエ、ドリース・フォッケル、アルゴン・バッソ。


 生皮の高価なことに驚く。四人でワーウルフを狩るということは、このメンバーは罠師たちだ。ここにアルゴンの名前を見つけるのは意外だが、そういえばあいつはもともと冴えない罠師だった。あまり器用には見えなかったが。
「ワーウルフは埋めちまったよな」
 そう呟きながら受注票をめくろうとすると、ルメイが横から手を出して依頼者のところを指差した。


「虹羽根の注文依頼だ。この皮革屋は五番街の方にある古い業者だよ。銀貨十枚は安い気もするが、見立てる前に言うならこんなところだろうな」
 ルメイが頬の不精髭を撫でながら得心している。どこに情報があるか判らないものだ。この受注票は本来なら冒険者協会のドルクに返してやりたいところだが、そうもいくまい。サッコとオロンゾを倒したことを言わない限り、なぜこんな物を持っているのか説明ができない。


 捨てるには惜しい気もするが、仕方ないと思ってぱらぱらと最後の一瞥をくれている時に、フィアがそっと口を開いた。
「ねえ、これ、おかしくない?」
 フィアが紙をめくりながら請負人の欄を次々と指でなぞっていく。見ているうちにフィアが何を言わんとするのか判った。ほぼ全ての受注票に同じ名前が記入されているのだ。強欲な杖使い、アルゴン・バッソ。
「逃げ足が速いとか、そういう問題じゃないと思うよ」
 フィアが腐ったものを見るような目で受注票を見ている。俺もそれが意味することに思い当たって思わず顔をしかめた。考えれば考えるほど眉間のしわが深くなっていく。


「……こいつ、山賊を手引きしてないか?」
 苦々しい顔をしたルメイが言葉を吐いた。俺はしかめ面のままルメイを見返し、そういうことだな、と囁いた。これだけ山賊に襲われてアルゴンだけ無事でいられる筈がない。どういう手段で連絡するのかは判らないが、自分のパーティーを山賊に襲わせているのだ。仲間たちの死体から剥ぎ取った金品を、嬉々として山賊たちと分け合うアルゴンの顔が容易に想像できる。思えばそういう事をしかねない奴だった。
 こんな奴と組んでいたのかと思うと恥ずかしさと怒りがこみあげてきた。俺たちはたまたまこの紙束を見つけたのだ。もし見逃していたら、奴の裏切りはいつまでも露見しなかったかもしれない。


 二人の手前、唾を吐くのを我慢する。
 アルゴンがいつからそんな真似をしているのか知らないが、もしロック達の死がアルゴンの行為によって引き起こされたとしたら許し難い。唸りをあげる狼のように自然と唇が歪む。
 しかしこんな辺境で鬱々と歯噛みしていても仕方ない。これ以上考えるのはよそう。
「これを持ち帰るわけにはいかないから捨てるが、このことは心に銘記しておこう」
 束ねた受注票を振ってみせてから、捨てる荷物を置いた場所にそっと投げた。ルメイとフィアも心に纏わりついた嫌な思いをどう振り切ったものか思案するかのような顔をしている。


 背嚢を三つ完全に埋めるとなると相当の大きさの穴が必要になる。ルメイと二人で黙々と穴を掘った。今日は朝から穴掘りばかりしている。ルメイの顎から垂れる汗を見ながら、出来れば昼までにシラルロンデへ辿り着きたいものだ、と思う。
 掘った穴に山賊たちの荷物を投げ入れ、土を埋め戻して均した。不吉な物、禍々しい物とはこれでおさらばだ。今度はフィアが枯葉を散らしている。全て終わると三人で小川まで行って手と顔を洗った。行水したいところだがそんな時間はない。
「それじゃ、出発だ」
 休憩もなしで出立を告げた。二人とも溜息まじりに頷いている。荷物を背負い、虹羽根を吊るした天秤を肩に担いで、薄暗い森の中へと歩き始めた。


 森に入ってすぐ、俺は方角を見失った。
 軽い足取りで先をゆくフィアに先導を任せてあるから良いものの、背の高い木々にびっしりと囲まれ、行く先の方向さえ判らない。この旅路を俺とルメイでこなさねばならないとしたら、おそらく道に迷ってお話にならないだろう。フィアは一点を見詰めるかのように前方を見て振り返らない。俺たちの足音に耳を澄ませてじっと立ち止まり、背中に手が届くくらいまで来るとフィアはまた歩き始める。顔は見えないがフィアも相当に緊張しているのが伝わってくる。


 やがて木々がまばらになり、目の前に湿地が開けた。
 薄暗い森から抜けたのは歓迎するが、ここは難所だ。深い所では腰まで浸かる湿地で、乾いた場所を選んで走り抜けなければならない。水草や葦が生えて水際が判りづらいうえに、走っている間中、鞭のようにしなって打ちつけてくるオオヌマビルの攻撃を避けなければならない。天秤にぶらさがっている虹羽根は水に濡らすと売り物にならなくなるから、よくよく気を付けて進まねばならない。


 身を低くして低灌木の茂みに身を隠したフィアが、俺たちの到着を待っている。俺とルメイはフィアのそばまでくると、濡れた地面に虹羽根が付かないように気を付けながら身を屈めた。地面は水気を帯びていて、ブーツの爪先が泥を左右に盛り上がらせている。
 首を伸ばして、これから走り抜けねばならない細い陸地のつながりを見渡す。途中で転んで荷物を台無しにしてしまったら、この苦しい探索行の成果はふいになってしまう。ルメイをそっと横目で見ると、口を歪め、目をしばたかせながらじっと湿地を見詰めている。そんな顔をするのはよしてくれ。こっちまで自信がなくなってくる。


「わたしが先に様子をみてくる」
 フィアが物陰からすっと立ち上がって前に出た。見るからに身軽そうなフィアは、背嚢の肩紐を両手で握り締めながら振り返った。
「向こう岸で荷物を置いて戻ってくるから待ってて。セネカとルメイの背嚢もわたしが運ぶから、最後に売り物だけ持って渡ってきてね」
 沈んだ顔色の俺たちと比べて、フィアは楽しそうな顔をしている。フィアの自信満々の顔に元気付けられる思いだ。この探索行は、フィアがいなければ成り立たなかっただろう。


 何度も往復させて悪いとは思うが、頷くしかなかった。オオルリコガネの羽根を駄目にしてしまったら、何をしにこんな辺鄙な場所まで来たのか判らなくなってしまう。
「すまない、フィア。頼んだよ」
 もはや駆け出しているフィアの背中にルメイが申し訳なさそうに声をかけた。フィアは振り返りもせず、さっと片手をあげて加速していく。そして一つ目の陸地の切れ目を軽々と跳躍する。振りだした脚が大きく空を切っている。着地した時に背嚢の重みで一瞬ぐらついたが、すぐに立て直して走り出す。まるで鹿だ。


 茂みから首を伸ばしてフィアを見ていたルメイが、おや、と呟く。
 軽快に走っていたフィアが歩を緩め、周囲の湿地を見渡している。フィアは一瞬俺たちの方を振り返って何か言いかけたが、立ち止まって視線を水辺に戻してしまった。動きを止めたらオオヌマビルに鞭打たれるのではと気を揉むが、両手を膝に置いて前のめりに水面を見ていても何事も起きない。
「変だな」
 ルメイが虹羽根を吊るした天秤を乾いた土地にそっと置いた。俺もそれに倣って荷物を置き、二人して恐る恐る湿地に向かって歩き始めた。往路で差しかかった時はさんざん鞭打たれたが、今はしんとして音もない。


 水辺を見て理解した。
 水が濁り、小魚が何匹も白い腹を見せて浮いている。誰かが毒を撒いたのだ。
「ピューのしわざね」
 追いついた俺たちの方を向いてフィアが言った。なるほど、言われてみればピュー以外の誰がこんなことをするというのか。あの連中もここを通るのには難儀したのだろう。毒といえばフィアも毒を持っている。水中の生き物に効くのかは知らないが、フィアは毒を撒こうとは言い出さなかった。効率だけを考えたらピューのしたことは間違いではなかろうが、蜥蜴のように這いまわる追跡者が、したり顔で毒を撒いたのかと思うと嫌悪が湧いてくる。


「撒いてから時間がたってるけど、水が淀んでるから触らないように気を付けてね」
 フィアが俺たちに注意をした時、水面に浮かんだ魚を見ていたルメイの腹が、ぐうう、と鳴った。フィアは弾かれたようにルメイの顔を見た。
「だめよ。毒で死んでるんだから」
 俺も険しい顔でルメイを見返した。
「これは食えないぞ」
 我がパーティーきっての食いしん坊は、唇を引き結び、目を細め、しごくゆっくりと振り向いた。
「そんなこと、一言も言ってない」
 フィアが吹きだし、体を二つに折って笑い始めた。ごめんなさい、と謝りながらも、笑いの発作に火がついたようになっている。俺も思わずくつくつ笑いを漏らした。


 ふん、と鼻をならしたルメイが身を隠していた茂みの辺りに戻って荷物を持ち上げた。俺もいったん戻って背嚢と虹羽根を吊るした天秤を肩に担ぎ直した。荷を運ぶルメイの横から、身軽なフィアが顔色を窺うようにしてついて回る。
「ごめん、怒った?」
「別に」
 ルメイが素っ気なく答えると、フィアは申し訳なさそうに謝るのだが、その顔がまだ笑っている。抑えようとしても、俺の顔にも笑いがこびりついている。相当な難所になると予想していた湿原を、俺たちは余裕で通り過ぎてゆく。


 フィアが何度も往復する必要がなくなってほっとした。
 せめてこの湿地を渡りきるまで、急かさずに楽しい雰囲気のままでいたい。太陽は高く登り、昼まではそう間がないことを告げている。薄暗い森から出て来た身としては、湿地は見晴らしが良くて明るいが、このあと再び森に入って結構な距離を歩かねばならない。もし時間が許すならここで野営をして昼飯にしたいところだが、こんな場所で夜を迎えたらと思うとぞっとする。道に迷えば、逃れようもなくそういうことになるのだ。


 湿地を渡りきったところで、俺は両手を叩いた。
「さて、また森に入るわけだが、少しペースをあげていこう」
 フィアが顔から笑みを締め出すのに少し間をおいてから、そうね、と返事をした。ルメイも低い声で、そうしよう、と答えている。
「別働隊は森まで入って来ないってオロンゾは言ってたけど、ここから先は注意していくね」
 弾みをつけて荷物を背負い直したフィアが振り向いて言った。
「山賊の気配がしたら、虹羽根は投げ出して構わない。先手を取られないように」
 俺の言葉に二人とも黙って頷いた。そうして俺たちは、乾いた枯葉を踏む音をさせながら暗い森のなかに分け入っていった。


→つづき

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